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第162話 アサと大きな手のひら

 頭が真っ白になったみたい。  周りの声が聞こえるようで聞こえていない。ふわふわしていて、ただ涙が止まらなくて、指先の震えが止まらないけどニールの手を放したらもう帰ってこないような気がする。一生懸命話しかけてくれるケンが伝えようとしてくれることは理解できたと思う。  ニールは頭を打って意識を失ったんだ。    ケンとショーンが教えてくれたことを、僕なりに理解すると、多分、全部理解できたわけではないけど、事故だったんだなってことが分かった。  きっと急いで僕を探していたんだ。仕事が終わってから僕がまっすぐ帰らなかったから、ニールは僕を探してくれていたに違いない。  もちろん、ケンと過ごした時間は楽しかったし、多少苦手意識のあったサイともお絵かきする約束ができたから、寄り道しても良いかと思っていたけど…ニールがこんなことになると分かっていたら、僕は絶対に寄り道なんかしないで、仕事が終わったらすぐに部屋に戻っていたはず。  後悔してもしょうがないけど、後悔しかできない。 「おい、ケン、ショーン、お前らは一度部屋へ帰れ」 「えええええ!?なんで、なんで? 僕もここにいたい!」 「アサのことを考えてやれ。お前みたいなうるさいのが傍にいたら気持ちの整理とかできねーだろ」 「そうですね、船長。医務室は狭いですし…さあ、行きますよ、ケン」 「え!?ショーンもなの?!僕は?!僕の意見はそんちょーされないわけ?」 「されないですね。さあ行きますよ」  声が大きくて明るいケンが去ると、部屋の中がすごく静かになったように感じる。ニールが静かに呼吸をしているのも聞こえて、意識はなくても、まだ生きているんだと不思議な安心感に包まれる。  もっと自分が慌ててパニック状態になってていいような気もする。泣いて、ニールの肩を揺すって「オキテオキテ!」って気が動転しても良いんじゃないか。  でも、ここにいるのは冷静な自分だ。涙は止まらなく出てくるし、気が遠くなって未だに周りがふわふわするけど、静かで落ち着いた湖の上に立っているような気分だ。足掻いたりしたら、きっと落ちて溺れてしまう。 「おい、アサ、大丈夫か?」 「ン、センチョ、ボク…ダイジョブ…」 「ニールはな、きっと目を覚ますから。それまで様子を見ていてあげないとな。お前ならできるよな?」 「ボク?」 「ああ、こうやってそばにいてあげればいいんだ。眠っているけど、きっとアサがそばにいるってわかっているはずだ」  船長の声は優しい。言われている言葉をすべて理解できたわけじゃないけど、僕は首を上下に振って頷いた。  僕ができること。ニールのそばにいること。 「ニール、ダイジョブ?」 「そうだな、傷が深いわけではないから出血も少なかった。おそらく、頭を打った衝撃で吃驚して体を守るために気を失ったんだろうな。その辺詳しいことは、医者じゃねーから何とも言えないがな」 「ン…?センチョ、ムズカシ、ワカラ、ナイ」  「ああ、悪い。お前に説明すんの楽じゃねーな」  ハハハ、と笑うと船長が頭を掻く。  良く分からないけど、きっとニールは目を覚ますって言ってくれている気がする。 「ニール、オキル?」 「お前が、起きてくれって祈っていればきっとな」 「ウン…」 「こいつの前で俺がお前の頭を撫でているのに妬かないとか、気を失ってないと起きないことだよな。もっと撫でとくか」 「ン?」  頭を撫でる大きな手から優しさが伝わって、段々と涙があふれてくる。ニールの手を握ったまま僕は声を上げて泣いた。    

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