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第163話 船長はいつでも真剣
「どうすんの?」
「それを今考えているところだ」
「やっぱ船医必要だよね」
「ああ……それも考えなきゃだな」
操舵室へ戻ると、一番見たかった顔が背後から現れた。
こんなことを言うと、変態染みていると言われてしまうかもしれないが、顔を見る前に誰なのかすぐわかった。長年一緒にいるミリは俺の心を落ち着かせる良い匂いがする。嗅ぎすぎると怒られるし、怒らせてしまうとビンタされるから本人には言わないが。昔っから香水を嫌うやつだから、体臭なのか…?ってこれをミリに聞いて、1週間口をきいてもらえなかった過去もあるから、こういうことは慎重にやらなきゃいけないな。
幸せな人生を保つには嫁の幸せをまず保てって言うからな。何が何でもミリの幸せを優先せねば。
「ねえ、聞いてんの、セブ?」
「お、ああ……悪い」
「考え事?」
「ちょっとな、お前のことを」
「……僕のこと?薄情者!今はニールのことを考えてあげるべきじゃない?」
「ああ、それもあったな」
「もう!船長なんだから、ことの優先順位を間違えちゃダメでしょ?今は、けが人の心配が先。僕のことなんて考えてなくていいよ」
正論、なのだが……ミリは俺に難題を投げつけてないか?
もちろん、俺はニールの心配をしている。大事な部下で仲間で息子のようなあいつが大変なことになっているんだ、当たり前の話だ。
船医のいないこの船でニールのけがを診てやれる人間はいない。だからこそ、何とかしなくちゃいけないのは分かっている。例え今日中に目が覚めたとしても、医者に診てもらったほうが良いに決まっている。
それは分かっているが、ミリのことを考えるな、だと?
むしろ俺の頭の中は、9割ミリのことで、あとの1割で船を回して他のことを考えているようなものだ。
「セブ!セブ! 目を開いたまま寝ないで!」
「……そんな難しいことはしてないぞ、ミリ」
「セブがしっかりしないと、船員のみんなに示しがつかないでしょ?ニールの怪我のこと、皆不安に思っているんだよ。ここで船長がバシッと決めて、安心させてあげないと」
「バシッと」
「そう、このままだと、船員のモラルも落ちるし、セブの評判も落ちるよ。目を覚まさないと、良いことないでしょ?」
厳しいな、ミリ。
隣の椅子へと腰かけた恋人の髪を目で追う。腰につくほど長く伸ばした金髪を片手で払う癖は、俺と付き合いだしてからしだしたものだ。出会った頃のミリの髪は短かった。短髪のミリも好きだが、何年も大事に伸ばされた髪は触り心地が良い。それに、俺より何倍か小さい手の甲ではらわれた髪が舞う様子は、天使の翼が躍っているようで美しい。もちろん、情事で汗に濡れたこの髪のエロさときたら……
おっと、脱線したな。
今大事なのはニールのことだ。
危ないな。大切な船員が怪我してるっていうのに、俺の頭はいつでも準備万端でミリのことしか考えていない。これじゃあダメだ。ああ、だから、俺には軌道修正してくれるミリっていうありがたい恋人がいるのか。
「ケガの処置は俺が簡単に済ませた。サイに頼んで、しっかり消毒をしてもらおう」
「小さな怪我とか風邪くらいなら彼に任せられるのにね」
「ああ、でもあいつを雇ったのはそのためじゃないしな。家を出たのも、医者になりたくないからだって言っていた。応急処置くらいなら、頼んでも文句は言わないだろうがな……」
「そっか、それじゃあやっぱり……」
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