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第164話 船長の計画
「そうだね、セブ。今更かもしれないけど、今まで船医なしで誰も死ななかったのがすごいくらいだよ」
「ああ……運が良かったんだな」
「隔離された環境だから、万が一のことを考えていかなきゃだよね」
あいにく、この船の現在地は海の真ん中だ。今日中にたどり着ける陸はない。ざっと、目の前に広がる地図を確認しても、早くて明日の朝に一番近い港にたどり着けるだろう。ただし、そこへ向かうということは進路を変更するということ。それには、大幅な予定変更が伴う。
たとえ急いで船を進め、急いでニールを診てもらったとしてもだ。港に着いてすぐ、目が覚めて完治するってわけでもないしな。
数日間…いや一週間そこに滞在することにして、それ以降の予定を組みかえるしかない。
遊覧船ならさほど問題はなかっただろうが、貿易船を走らせている俺たちにとって少しの遅れでも、後々痛手になる可能性は高い。
「船医を雇うにしても港につかなきゃだもんね。ひとまず、近くに寄港するんでしょ、セブ?」
「ああ、それが一番いいだろう。予定が狂ってしまうが——」
「仲間の健康と安全が一番。それに、予定だったら、もともと万が一のために余裕持って組んでいるでしょ?」
「その通りだ。悪天候や船の故障で遅れることもないとは言い切れないからな」
よし!っと元気よく立ち上がったミリは、相変わらず可愛すぎる。無茶言って一緒に船で生活をするようになって何年も経ったが、それでもだ。年をとっても恋をし続けているなんて……はぁ。ダメだ。しっかりしろ、俺。まずはニールだ、船だ。俺は船長だ。しっかりしろ……
「それじゃあ、決まったね。船員たちにこのことを伝えよう」
「ああ。ミリ……」
「どうしたの?」
「ありがとう」
「何が?」
「俺のそばにいてくれてありがとう」
「今更?」
緩く笑ったミリは、俺の頭を撫でる。細い指先は、少しばかり冷たい。冷え性なのだと、昔から困っていたことを思い出し、丁寧に切られた爪先に唇を寄せた。
「お前がいなかったら俺はダメ人間だ」
「知ってる。でも、セブは僕のことで頭がいっぱいになっちゃうからダメ人間なだけで、僕がいなければしっかりした人間だよ?」
「お前がいなきゃ意味がないんだが」
「僕がいると甘えちゃうでしょ?」
「お前だから甘えるんだ」
「もう、他の人たちに聞かれたら恥ずかしいから」
照れ隠しに下を向いたミリの頬が桃色に染まった。
ああ、天使だ。俺の恋人は天使すぎる。
「ミリ、船員たちを談話室に集めてくれ。当直で手がはなせないやつにはあとから伝えよう」
「分かった。きっとみんな、ニールのこと心配してるから」
「ああ。アサがニールのそばにいる。あいつはどうするかな」
「アサにはあとで伝えよう。きっとひと時もニールのもとを離れたくないと思うんだ」
「そうか、それならそうしよう」
「ほら、船長さん、しっかりしなきゃ!背筋伸ばして!」
ミリなしでどう生きていたんだ?って言うくらい、俺はミリに依存している。
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