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第167話 ミリは病室で想う

 そしてニールは、この町に着いてから2日目に目を覚ました。心配していたのが馬鹿になるくらいあっけらかんとした顔で「よく寝た気がする」とか言っていた。 「おい、先生がまだ起き上がるなって言ってるぞ」  港から2分歩いたところに病院があったのはラッキーとしか言えないだろう。この地に来たことがある船員は誰一人いなかったのだから。決して小さくないニールを担いだ美丈夫なセブを僕は「力持ちだな~」なんて見ほれながら追いかけていった。その後ろを、何やら大声で言い合うケンとショーンがついてきた。  風が吹いたら飛ばされそうなくらい弱っていたアサの手は僕が握って歩いた。もともと色白だって言うのに、眠れなかったのか血の気が引いて青ざめていた。 「俺はもう大丈夫っすよ」 「いや、おめーは意識失ってぶっ倒れてたんだぞ、だいじょーぶっすよじゃねーよ」  薄い茶色の木材で作られた病室の壁は見ているだけで心が落ち着く。麻布のシーツも僕好みの色合い。ってここは病室なわけで、消毒剤の匂いやら、医療器具やらがあるわけだけど。それでも、威圧感を感じない部屋で良かったなんて僕は心の隅で思った。 「ニール、ダイジョブ?」 「もおおおおおおおお!!!ニール!?馬鹿なの!?アサがこおおおおおおおおおおんなに心配してご飯も食べてくれなかったんだけど!?」 「すみません、ケンはうるさすぎるので退室していただけますか」 「は!?」 「ああ、そうだな、おめーはうるさいから外でろ。ただでさえ、6人もいて窮屈なんだ」 「船長までひどおおおおおおおおおおおおい!アサぁぁぁ!」 「ウン?」  大騒ぎするケンを無視して医者がニールの手当てを進めていく。ここに着いた時点で巻かれていた包帯ははがされ、新しく清潔なガーゼと包帯が巻かれていった。  白髪交じりのおじいさん先生だ。白衣の前ボタンがお腹周りでは止まらないのか開きっぱなしで、動きに合わせてぴらぴらと舞う。何かを伝えるたびに、先生はセブにだけ話しかける。 「ニール、先生が痛いとこはないかって。頭が痛いようなら痛み止めをくれるそうだ」 「いや、このくらい大丈夫です」 「そうじゃないだろ。お前な、頭打ってんだよ。念のためにってのがあるだろ?」 「気持ちはありがたいんですけど、本当に俺大丈夫です」  この街で話される言葉を僕たちは話さない。あ、例外が一人いて、それがセブなわけで、だから先生は彼にだけ話しかけるんだ。  外国語を話す恋人の顔にひとりニマニマとほほ笑んでしまう。 「船長は多国語を喋れる方だったんですね、ミリさん」 「かっこいいよね」 「その気持ちは分かりかねますが、すごいとは思います」 「ショーンってずっとそんな感じだよね」  先生と何やら真面目な顔で言葉を交わすかっこいい恋人と、ベッドの横に張り付くように座るアサを交互に見つめる。目を覚ましたばかりのニールの腕を握る手は凍えているみたいに震えていた。  枕を背中に当ててベッドに座るニールはしきり温かい眼差しを向けている。大丈夫、と繰り返すものの、セブの言う通り気を失っていたのだから、慎重に行動してほしい。

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