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第168話 ミリの親心

「船長、俺そろそろ起き上がっても平気ですかね?」 「ニール、お前……お前のために予定変えてここにいるんだから、ありがたくベッドで休んでいやがれ」 「ここにいるのも飽きたんですけど」 「毎日動き回ってんだから、少しは大人しくしててくれよ。これでいきなり動き出して脳みそ爆発するとかになったら、船どうすんだよ」 「いや、俺がいなくても何とかなりますよ」 「そういう問題じゃなくてだな」 「ミリさんからも船長にお願いしてくださいよー。ほら、俺ぴんぴんなんで」  脳みそが爆発するかは置いといて、セブの意見に僕は同意するしかない。難しいことは船乗りの僕にはわからないけど、誰がどう見ても、ニールはしばらく大人しくしといたほうが良い。幸い、頭の傷もひどくないし、出血ももう止まったみたいだから、後は様子を見るために数日ここにいてほしい、と先生が言っていた(ってセブが訳してくれた)。 「あと5日はこの街にいる予定にしたんだ。先生も2日間は様子見ろって言ってる。今日意識取り戻したばかりなんだから、どう考えても今日は無理だろ」 「はあ…そういうもんですかね」 「俺もさすがに意識失ったことないから分からないが。お医者さんが言ってるんだからそうだろ。な、アサ?」 「ン?ボク……?ナニ?」 「ニールに大人しくしてくれ、ってアサからも言ってくれよ」 「ニール、イイコ、ネ?」    仕事仲間の緊急事態。  僕たちは緊張とか恐怖とか良くわからない、疲労感ばかりが肩にのしかかる気分のなか、ここまでたどり着いたわけで。病院に着いてからだって、うんともすんとも言わないニールを見つめてアサは泣き続けるし、ケンはいつも以上にうるさいし、ショーンは看病は無理ですって言って部屋の端で固まっちゃうし、気苦労ばかりだった。   「ニールが目を覚まして良かったね、ミリさん」 「そうだね、ケン。ちょっとは気持ち落ち着いたかな?」 「うん……家族がいなくなっちゃうのってこんな感じなのかなって。僕、家族居ないけど、そう思って……ごめんね、僕……バタバタうるさかった」    ああ、そういうことか、と近づいてきたケンの頭を撫でると、日に焼けた頬を強張らせてケンが何度か「ごめん」と繰り返した。いつもはうるさすぎるくらい元気の良い子がシュンとしていると、こっちまで心が痛む。  この病院に着いてから、ニールが目を覚ますまでの2日間、ケンは気が動転したのか、しゃべり続けたり、ぐるぐると歩き回ったり、突然アサを抱きしめて泣き出したりと忙しかった。  ケンなりに状況に対処しようとしているのだろう、とセブと僕は放っておいたのだけど。   「ケン、家族、いるでしょ?」 「いないよ。両親いないの、ミリさんよく知ってるでしょ?」 「もーなんでそういうこと言うかなあ?」 「だって僕……」 「ケンがここまでネガティブなのも珍しいですね」 「ショーンもそう思うよね?」  僕の目さえ見なくなったケンは、泣き出しそうな顔で床を見つめる。ぎゅっと両手で拳を作り、何かに耐えているように見えた。  ケンに家族がいないなんて嘘だ。  

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