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第169話 ニールの目覚め

「ケン、外で話ししようか? それで大丈夫だよね、セブ?遠くには行かないから」 「ああ、初めてきた土地だ。お前が迷子になったら死ぬほど困るから、廊下以上遠くには行くな」 「もーセブったら。僕の迷子より、ケンのことだよ」 「お前以上に大事なものはないからな」 「すみません、お二人とも。こういうことはプライベートな時間でお願いします。ケンのこともですが、ニールのことも大事ではないでしょうか」 「そ、そうだね、ショーンの言う通り!」  状況把握がはっきりできていない俺を置いて、3人は話を進める。いつも以上に大人しいアサに視線を向けると、悲しそうで嬉しそうな複雑な表情が返ってきた。  言葉を交わさなくても、なんとなくわかる。俺もだ、とアサに伝えたい。俺も、今何が起きているか分からない。何て言ったって、目を覚ましたらここにいたんだから。  下を向いて元気のないケンの手をしっかりと握って、じゃあね~とのんびりとした口調でミリさんは病室を出て行った。ガシャン、と木製の引き戸が閉まる音に、横に座るアサの肩がはねる。 「目を覚まされて良かったです、ニール」 「ああ…心配をかけたな、ショーン。すまなかった」  そう言いながら近づいてくるショーンの足音が聞こえた。決して顔色が良いとは言えない表情でこちらに視線をやると、重くて長いため息が部屋中を満たす。 「どうなるかと思いましたよ。このまま目を覚まさなかったら、はたまた、記憶を失ったら、誰がアサと一緒にいるのだろうとか。あ、ケンが立候補していましたが。やはり彼だと心配なので私も、と手はあげておきました。それに、意識のない人間をそのまま船に乗せて航海するわけにもいきませんからね。どこに置いていけば良いのかなど心配になるではないですか。できれば天気の良い土地が良いのかとか。ああ、でも眠ったままなら天気とか関係ないですかね。いや、でも人間生きている限り――」 「おいショーン、一度落ち着け、こいつも一応けが人だからな」 「あ……失礼しました、船長」  こんなにショーンが早口でたくさん喋るところを初めて見た気がした。呆然と目を丸くした俺に対して、すごすごとショーンが部屋の隅へと去っていく。 「俺は死んでもアサを誰にもやらないぞ、ショーン。な、アサ?ああ、もう、三日間気絶していたせいで、アサとの貴重な時間を過ごせなかったとか、時間の無駄遣いすぎる」 「ニール、お前なあ。普通、意識失うくらいの怪我をしたやつはもっと弱ってるもんじゃないか?んだよ、時間の無駄遣いって。こっちは船の航路変えてここに来たって言うんだ。もっとけが人らしくしてくれないと、やりがいがないじゃねーか」 「船長、そこは、俺が無事でよかったって言ってくださいよ」  病院特有のベッドに寝転がったまま、意味不明の発言を続ける船長とショーンと言葉を交わしていると、ふにふにと手の甲に柔らかい感触を感じた。  緩く首を傾けその感触が与えられる方を向くと、瞼を赤くはらしたアサと目が合う。涙をふくために何度も擦ったのか、いつもは透き通るように白い頬が赤く染まっている。小さな両手で包まれた俺の片手を、アサが愛しそうに頬に当てていた。  

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