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第166話 ミリの仕事

「みんな、ニールなしで頑張ったね。驚いちゃうくらい完璧な停泊技術だったよ」 「ミリさん…そんな…俺たちは言われた通り動いただけで」 「そうです!ほ、褒められるほどのことでは」  セブの予測通り、次の日の朝8時には港にたどり着けた。通常、どこかに入出港する時は船長のセブが指揮権を持つのだけど、実際、指示を出すのは一等航海士の僕。その僕の指示に従って船尾から作業の指揮をとるのが二等航海士のニール。  放っておいてもこちらが望んでいる通りに動いてくれるんじゃないか、って言うくらい息ぴったりに仕事をしてくれるニールがいない状態での入港作業はちょっとだけ不安だったけど、みんな本当に頑張ってくれたんだ!異例なことにもうまく対応できるチームワーク!セブだって鼻が高いよね?これは褒めるしかないでしょ? 「おい、ミリ!こっちに来いっ」 「ん?僕?はーい」  岸壁に衝突したわけでもないのに、眉間にしわを寄せて難しい顔をしたセブが手招いている。僕が話しかけていた船員たちは、蜘蛛の子のように素早く散っていく。 「どうしたの?怖い顔しちゃって。無事入港できたんだからもっと穏やかな顔しないと」 「お前なぁ…自分が何やったか分かってんのか?」 「僕……?仕事してただけだけど?」 「無自覚かよ……」 「あ!わかった、セブも褒めてほしいの?もーそれならそうと先に言ってくれれば――」  白髪交じりの前髪に指を通し、いい子いい子してあげるとセブが目を細める。  と、言っても、ものの2秒で、ハッと我に返ったような顔をして僕の肩をつかんできたのだけど。 「そういうとこだ、ミリ。お前のそういうところ。マジで気をつけろ。不特定多数に垂れ流しすぎてんだよ」 「た、垂れ流し!?僕が何を垂れ流してるっていうの!?」 「自分の色気っつーもんを理解してくれって、俺はむかっしからずーっと言ってるよな。見たか?お前が褒めてたやつらな、顔真っ赤にして去っていったんだぞ。むやみやたらに俺以外ににこにこするな」  僕は褒めてただけなんだけどな。セブったら何かにつけて、他人には笑うな、他人には優しくするな、俺以外と話すな、俺以外に会うな、とか不可能で意味不明なことを言ってくる癖がある。僕のことが大好きすぎて独り占めしたい証拠なんだろうなって思うと、ちょっとむずむずしちゃうけど。  一応、この船では一等航海士って立場があるから、部下を褒める時は褒めるし、叱るときは叱る。ちゃんと仕事をしているだけなんだから拗ねないでほしいな。 「セブはわがままですねー」 「おい!馬鹿にしてんのか?」 「馬鹿に?そんなことないよ。かわいいなーって思って」 「か、かわいいってのはお前みたいなやつのことを――」 「お二人ともお惚気中失礼します」 「ショーン……なんだ、用件を言え」  制服をきっかりと着込んだショーンが顔色一つ変えずに立っていた。 「早急にニールを病院へと運んだほうが良いと思いますが」 「……ああ、お前の言う通りだ。すまない、予定通り向かおう」 「ニールは私が運びましょうか?」 「お前は力持ちだもんな……いや、俺がやる。お前には貨物の面倒を頼みたい」 「補充の方でしょうか?」 「ああ、ここで何が揃うか分からないが、食糧と消耗品を買えそうなら頼む。食料はケンに聞けばわかるはずだ」 「了解しました」  ショーンに指示を出すセブの表情はすっかり真面目な船長顔になっていた。 「セブ?本当にニール運べるの?」

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