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第173話 ニールの未来計画

「万が一の時はその時だ。今は予定通りお前が船に戻って来れる場合、の話をするぞ」  パンっ、と船長が軽快に手を合わせる。  それと同時に、ベッドの隣に座るアサが小さく飛び上がる。おそらく、今まで俺たちがしてきた会話の内容なんて1ミリも理解できていないであろう。それなのにいきなり大きな音を鳴り響かせて、俺の大切なアサを驚かせるなんて、この野郎、船長。 「ニール、考えていることは分かりますが落ち着いて」 「あ?俺に文句言おうとしたのか、お前?」 「なんで二人にバレてんだよ」  「お前はアサのことになると分かりやすいからな。過保護すぎるんだよ。アサも男なんだからそこまでしなくても――」 「そうおっしゃる船長も、ミリさんのことになるとピリピリされますよね」 「う……ミリは特別だ」  俺が守ってやらないとあいつは危なっかしい、とか何とか、下を向いた船長がブツブツと呟く。ショーンの言う通りだ。この人こそ溺愛しすぎて周りが見えなくなるタイプだって言うのに。   「今後の予定、でしたよね、船長?」 「ああ、ショーン。そうだった、脱線したな」  ギシっと音を立てて椅子を引き、船長がアサの左側に座った。それに合わせるように、ショーンが足音を立てずに近づき、二人の後ろに立った。  広くない病室で、密集すると、緊張感が上がるような、息苦しいような。不思議な気分だ。  ごくり、とつばを飲み込み、俺は背筋を正した。 「ニール、お前の怪我をきっかけに、船のあり方をミリと話していたんだ。ここ数年大病も怪我もなく皆が業務を行ってこれたのは奇跡に近い。それもあって、船医なしでここまで来ていたわけだが……やはり船医は必要だよな。ケンが熱を出したときも船医がいれば早く対応できただろうし、大けがする奴がこれから1人も出ないって保証もないしな」 「なるほど……」 「幸い、多少医療に関わっていたサイがいるから、何とかなってきていたようなもんだよな」 「ですが、サイの役職は船医ではないですからね」 「その通りだ、ショーン」  通常、船員を雇うとなると、前もって予定を立てて募集を掛ける。役職によっては資格や知識が必要になるからだ。  通りがかりの人間を雇うわけにもいかない。長期間、故郷を離れなくてはいけないし、陸地にいられる時間は限られる。  そう言うこともあって、誰でも好んでやりたいような仕事ではないのだ。  自ら船に乗りたがる俺たちみたいな人間は物好きなんだろう。  自由が限られる反面、得られるものはでかいんだけどな。  いろいろな国を回って、自分の肌でその地の文化に触れられること、自分の目で色とりどりな風景を見れること。得することの多い仕事だと、俺は思っている。   寄港地によっては、驚くほど辛い食べ物しか見つからなくて悩むこともあるけどな。母国にいたら味わえなかった味だから、これも人生の経験の一部だと思って、大切にしなきゃいけない。 「それで、どこで医者を雇うって言うんですか?ましてや、船に乗ってくれる医者とか……」 「ああ、そこだよな、難点は」 「まさか、この街で探す、とか言うおつもりですか?」  

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