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第174話 ニールと求人情報

「ああ、そのつもりだ、ショーン」 「船長、お言葉ですが時間が足りないのでは?」  同意を求めるように、ショーンが俺へと視線を向ける。  全くその通りだ。4日後に出発するとか言ってなかったか?ってことは3日くらいでちょうど良い人間を見つけて雇って、さあ船に乗ろう!って4日目にやらなきゃいけないってことだろ?  無理がないか? 「流石に、船に乗りたい医者を雇うってなったら……4日以上かかるんじゃないですかね」 「そう思うだろ、ニール?」  真面目な顔をして話をしていたくせに、船長は口元を緩ませてニヤニヤとこちらを向いた。  嫌な予感がし始めて、俺は隣に座るアサの手を握る。会話の内容は分かっていないはずなのに、安心させるかのように小柄な手が俺を慰めてくる。高めの体温が温かく、心地よい。 「お前を診てくれた先生が聞いて回ってくれるらしいんだ。なんと、心当たりがあるらしい。知り合いの息子さんで、昔から航海に興味を持っている人がいるらしくてな」 「その方は、お医者様なのですか?」 「ああ、ラッキーだろ。しかも、開業はしていない、独身、子なしときた」  船員は独り身のほうが都合が良い。出発すれば長期間戻って来れない仕事だ。これから関係を築いていこうとする新婚にも、子だくさんな家族にも不便な条件だからだ。  家族に緊急事態があっても、そのことをすぐに知れず、知ったところですぐに駆け付けられるわけでもない。    ましてや、これから結婚相手を探そうとしている若いやつがやりたいと思うような仕事ではないだろうな。  たまに、寄港地で恋に落ちて、仕事を辞めていくやつもいるが。それもそれで、前もって計画してやらないと、人手不足で迷惑になる。 「午後にその人と会う予定だ。良いやつだったら船に乗らないかと聞いてみる」 「良いやつじゃなかったらどうするんですか?」 「そこなんだよな、ニール。うーん、俺の直感で、こいつ無理だわってなったら、船医の件は後回しにしよう。無理やり気の合わないやつを雇っても後々困るだけだしな」 「ええ、海に落としたくなるような方では困りますからね」  何気なくサラっと呟いたショーンは、海から誰かを突き落とす妄想をしているのか、天井を見上げている。  こんな話し方のせいか、見た目は落ち着いている静かなやつなせいか、こいつが怪力お化けなことを忘れていた。   「お前の場合、冗談にならないよな、ショーン」 「何の話です?」  これまた綺麗にほほ笑みやがったな、と軽くにらみ返す。いつ鍛えているんだか分からないが、おっとりしている人間ほど怒らせない方が良いって言うしな。 「ってことで、この件は俺に任せておいてくれ。今夜までには答えが出ているはずだから、夕飯後にでも報告に来る」 「了解です。それ以外に、通常業務のことで変更点とかありますかね。4日もここから動けないなら、せっかくだから色々と改善できるところとか変えていけると思うですけど」 「おおっ、お前、珍しく真面目じゃねーか!」 「うっわっ、っと船長。乱暴に頭撫でてくるのやめてくださいよ。これでもけが人っすよ?」  そうだったな、ガハハハッ!と大きく船長が笑うと、釣られて顔が緩んでしまう。    看護師が、うるさすぎると注意しに来るまで、俺たちはいつものように和気あいあいと言葉を交わした。    

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