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第175話 ミリは家族じゃないの?

「それで、なんであんなこと言ったの、ケン?」 「だって、僕……ミリさん、ごめんなさい。でも、僕……」  扉を閉め廊下に立ったケンを見つめると、大きな瞳から涙がこぼれた。  ニールが目覚め、いつもの騒がしさを取り戻し始めた病室と正反対で、ここはとても静かだ。病院特有の香りに、遠くから聞こえてくる静かな話し声、窓からこぼれる日差しがとても気持ち良かった。    「家族がいない」と口にしたケンと話がしたかった僕は、廊下に出てきて正解だったと胸をなでおろしていた。ただ、壁を通しても聞こえてくる病室内の男たちの声を無視すればいいだけ。なんであの人たちは病院にいる時くらい静かにできないんだろう。もう少ししたらきっと、看護師さんに怒られてしまう。 「ニールが何日も目を覚まさなくて、もしかすると死んじゃうかもって思ったら……きっと家族を失うってこんな気持ちになるんだって思って。でも家族がいたことのない僕に、そんな気持ちを理解できるはずなんてないのに。おかしいよね。僕、変なことで泣いてるって分かってるんだ。もっと、しっかりしてアサを守ってあげたいのに」 「ケンの言ってる家族って血がつながった家族ってこと?」 「ん……そ、そう。お父さんとお母さんがいて、兄弟がいて。みんな、あったかいお家で育ったでしょ?」  でも僕は違う、と肩を震わせてケンが呟いた。家族がいる幸せなんて分からない、と。  下を向いた瞳からは、ポタポタと涙がこぼれ床に滲んでいった。 「ケンには、セブと僕がいるでしょ?初めて出会った日から僕たちは家族だよ?」 「でも、血がつながってないから、他人でしょ。船長とかミリさんになんかあったらもちろん悲しいけど、家族を失うって感覚とは違うんじゃないかなって」 「そう思ってるの?それが本音なら、悲しいな。セブが聞いたら、落ち込んで熱だしちゃうよ」 「……でも」  僕が初めてケンに出会ったのは10年以上も前の話。まだとても小さくて、頼りがない子供だった。船生活に子供は向いていないし、誰が面倒見るの?と尋ねた僕に、セブが大きくほほ笑んで、俺らだよ、と答えたのを覚えている。  その時の僕は、恋人と働ける仕事と生活環境に満足していて、突然起きた変化に、ただ呆然としてしまったのだけど……気が付いたら、ケンは欠かせない存在になっていたし、セブと僕の子供、というより、僕たちの家族で仲間で、友だちであるような、名前を付けられない特別な存在となっていた。  それなのに、当の本人がこんな思いをしているとは。今の今まで、「僕たちは家族だ」とか、「両親が恋しいか」とか、ケンに言ったことはなかったかもしれない。  だって、僕たちは家族であって、血のつながりより勝る絆があるって信じていたから。口に出さなくたって分かってくれてるって思ってたんだ。こんなに拗らせてるとは思わなかった。 「ケン、家族の定義って何だと思う?」  きょとんとした瞳が僕を見上げた。  壁の向こうから聞こえてくるセブたちの声は、先ほどより煩さを増している。 「家族は……お父さんがいて、お母さんがいて……」  ひくひくと、可愛いしゃっくりを混ぜながら、ケンが途切れ途切れ言葉を紡ぐ。  ケンにとっての家族像を、言葉に詰まりながら教えてくれようとしている。それを見ているだけで、僕の胸はギシギシと痛みだした。  だって、どんなに頑張っても、僕にはそれをかなえてあげられないから。  だから、ごめんね。

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