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第176話 ミリのごめんね

「お父さんにも、お母さんにもなれないけど、セブと僕じゃダメかな?」  なれないものには一生なれない。何をしたって僕たちの血がつながることはないし、僕がケンを生んだ過去は作れない。  もしそれをケンが望むなら、僕は謝らなきゃいけない。セブと二人でこの子の面倒を見るんだと決めた瞬間から、それ以外の選択肢をあげずに、本人の意見も聞かずに一緒に船に乗せて、仕事を教えて、好き嫌いを問わずにこれからもずっと一緒に航海を続けるだろうと、漠然と未来を予想していたことを、謝らなきゃいけない。  ごめんね、ケン。    船に乗せてしまって、働かせてしまって。もしかしたらあったかもしれない、陸地でのキミの将来や可能性を奪ってしまってごめんね。  そのことは謝るけど、キミを育ててきた過去には謝らないよ。一緒に笑って、一緒に失敗して、やんちゃないたずらに本気で怒って、どうでも良いことで一緒に泣いて。  家族愛を僕に教えてくれたのはキミだから。  船以外の未来を幼いケンから奪ってしまったことは謝るけど、これまでのことに後悔はない。 「……ダメ、じゃないよ。ダメじゃないよ、ミリさん!」 「僕たちが家族替わりじゃ、いや?」 「そんなことないよ!」  元気が取り柄なケンが今は、顔を真っ青にしながら涙を流している。  泣かせたかったわけでも、こんな試すようなことを問いたかったわけでもない。でも、19歳という大人な年齢に成長したケンとは、いつかこの話をしなくてはいけないと思っていた。  いつか、が、今になっただけ。今話さなければ、きっと機会を逃してしまうから。  子供と大人だった僕たちが、大人と大人として付き合っていくには、お互いの心の内を話さなくちゃいけないから。  だから、泣かせてしまったけど、話を続けないと。 「船以外の生活をしたいって思ったことある、ケン?」 「……ない。僕はずっとミリさんと船長と一緒に船に乗っていたいっ!船員のみんなともずっとずっと一緒にいたいし、これ以外の生活を考えたことはないよ!」 「血がつながった家族にはなれないけど、僕たちのこと、ケンの家族って思ってくれないかな?僕はずっと、ケンのこと家族だって思ってたんだけど」 「ミリさん……僕……ごめんなさい、ちゃんとミリさんのことも、船長のことも……家族だって思ってるのに」  泣きじゃくりながらケンが声を漏らす。  出会った頃より大きくなった体を両腕で包むと、少し高い体温が布越しに伝わってきた。 「僕は、血のつながった家族より、ケンやセブのことが好きだよ。両親がいて兄弟がいて、って典型的な家族像に憧れちゃうかもしれないけど、僕たちの絆に勝るものはないと思うんだけどな。僕もセブも、他の船員たちも、ケンのことを仲間だと思っているし、それ以上に大切で離れたくない家族だと思っているはずだよ」  血のつながりがすべてではないんだよ、ケン。  血がつながっていれば良いってもんじゃない。  僕の方に顔を埋めたケンから、うんうん、と泣きすぎて掠れてきた声が聞こえてきた。 「ミリさんと船長は……僕の両親で、両親以上の存在……っだから、ごめんなさい。両親いない、なんて、今までしてきてもらったことっ、育ててくれたのにっ、ぼくっ」      

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