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第177話 ミリと家族

「ケン、謝らないで。悪いことしてないんだから謝っちゃダメ」 「でも……」    ぐすん、と鼻をすすらせたケンの目は、真っ赤だ。  涙が染み込んだ袖口がぐっしょりと濡れている。  こんなに泣かせるつもりはなかったのにな。鼻の奥がツンとして、胸が痛くなっていく。  笑顔が取り柄のケンは、幼いころからあまり泣かない子だったから、泣き出すと涙がとめどなく出てくるようだ。初めて僕たちの前で泣いた日、セブが慌てふためいて変顔をして笑わせようと頑張ってたな。 「いつかね、この話をしなくちゃいけないって思っていたんだ。ケンの本当のご両親の話、一度もしたことなかったし、これからケンがどうしたいかも聞かなかったもんね」 「うん、でも僕、今まで船に乗ってきたことを後悔したことはないし、これからもずっと船に乗るんだと思ってた。他のこと考えたことないよ」 「そっか」  少しばかり早歩きの看護師が廊下の向こうから向かってくるのが見えた。おそらく、ニールの部屋に行くのだろう。壁を通してでも響く3人の声は、今となってはうるさすぎるほどだから。  大きな大人なのに、子供みたいに注意されちゃえばいい。唯一大人しいアサが巻き添えを食らうのは面白くないけどね。 「いつか、船を降りたいって思ったら僕にでもセブにでも言うんだよ?」 「え……」  どちらかと言うとショックを受けたように呆然としたケンが、たどたどしく口を開く。 「でも、僕、ミリさんたちと離れたくない」 「親離れは自然なことだよ?鳥だってするもの」 「う……そうかもしれないけど、僕たちはずっと一緒にいる家族じゃダメかな」 「ずっと一緒にいる家族?」 「そう、今まで肉親だけが家族、って僕、どこか心の中で拘ってたんだと思うの。でも、そうじゃない。船のみんなが僕の家族がわり……じゃないな、代わりじゃない。家族がわりとか、家族みたいな関係以上に、家族なんだと思う」 「家族であって仲間だもんね」  だからもう家族いないとか言わない、と力強くケンは言った。 「ニールが意識を失った時、家族がいたらこんな風に心配して気が動転するのかなって考えたけど、”家族がいたら”じゃなくて、ニールは家族だもんね。心配して当たり前だよね」 「それだけ、ニールのことを大切に思ってるってことでしょ、ケン?」 「大切……なのかな、いつもはうるさいなとか、アサと僕の邪魔をするなよ、とかしか思わないけど」  そういうとケンは楽しそうに笑った。いつもの彼が少しだけ戻ってきた気がする。 「だから、ミリさんと船長とは親離れしなくていい家族になりたい……」 「大丈夫、僕たちはずっとあの船に乗っているだろうし、ケンが降りる!って言わない限りずっと一緒だよ」  僕たちの関係に変化があったわけではない。出会った時からずっと家族で船仲間で、お互いの顔を見たくない日があっても周りは海だから離れられない関係だもの。 「あ、でも……ケンがお嫁に行くことになったら船降りなきゃだよね」 「待って、ミリさん。そこは僕、男だから嫁に行くんじゃなくて嫁を迎え入れる方じゃないの?」 「『結婚してください。あ、でも僕船から降りないからよろしく』って言うの?船に乗ってくれるお嫁さんなんていないと思うよー。結婚したと思ったら重労働でしょ?楽な選択肢ではないよね」 「でも、それってミリさんがしたことだよね?船長に『ついてこい』とか言われたんでしょ?」 「何それ。セブがそう言ったって言ってたの?違うよ、『お願いします、何でもするから一緒に船に乗ってください。一生不自由はさせませんから。』って泣きそうになりながら、土下座してきたんだよ」      

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