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第178話 ミリは特別
えー!と大きな叫び声をあげたケンの口を僕は慌てて塞いだ。
元気になったのはいいけど、ここはまだ病院。病室で騒いでるセブたちみたいに看護師さんに怒られてしまう。
「土下座してる船長見たい」
「本人にお願いしてみたら?」
「やってくれるわけないよ。僕絶対怒られちゃう」
そうだろうね、とケンに返すと、わざとらしく頬を膨らませ僕を睨む。珍しい行動だ。幼い頃、思うようにいかないと、拗ねて、よくふくれっ面になっていた記憶はあるけど。大人になったケンがやってもまだ可愛いと思えるのは、親心なのかもしれない。
ものの数分間、そうやっていたケンが笑いをこらえ切れないような顔をして、ぶふふと噴き出した。
「船長に頭を下げさせることができるのはミリさんだけなんじゃない?」
「そう思うの、ケン?」
「だって、あの船長だよ?」
「セブにどんなイメージを抱いてるか知らないけど、優しいでしょ?」
「優しいからって頭は下げてこないよ」
ミリさんは特別なんだ、とケンが呟く。そうなのかもしれないし、そうであってほしい。いや、そうでないと困る。だってセブが誰にでも頭を下げていたら、威厳とか保てないだろうし、船長の役目も果たせないだろうし、尊敬してついてきてくれてる子たちも、不安になって他の船へ行ってしまう違いない。
それに、セブは僕だけのもので、僕はセブだけのものだから。隙間に他の人が入れないくらいの関係だから。そうでないと困る。
「あの時はお互い色々必死だったんだよ。若かったしね」
「今も若いよ、ミリさん」
「ありがと」
続きを聞きたいのかムズムズしているケンの頭を撫でる。この手の話を語るならセブのほうが上手い。ケンがお願いすれば、きっと、喜んで1時間、2時間ずっと語っているはず。
「この話はここまでね、ケン」
「えーーーー!!続きつづきぃ!」
「しー!病院では静かにしないと。もう大人でしょ?」
「はーい。静かにするから今度続き教えてね?」
「セブに頼んだ方が面白い話をしてくれるよ」
「ミリさんから聞きたいんだもん」
「考えとく……あ、みんな出てきた」
ゆっくりと開いた扉の隙間から、セブとショーン、その後ろに腰に手を当てて、いかにも怒ってますって顔をした看護師さんが現れた。
数メートル離れたところで、僕とケンは、何やら現地語で説教されている大きな大人たちを見つめる。小柄な看護師さんは、首をぐんっと上げて2人を見上げるような姿勢になっているし、背の高いセブとショーンは先生に怒られた生徒のように背中を丸めている。
怒られている理由は何となく察することができる。この人たちは集まるとうるさいんだよね。誰かに怒られるなんて貴重な体験だから、終わるまでじっと見届けることにしよう。
「……ミリさん、ショーン達大丈夫かな」
「ふふ、大丈夫でしょ。面白いからもう少し観察してよ?」
アサが部屋から出てこないということは、ニールと一緒にここに留まることにしたのかな。それなら、後でご飯とか調達してあげないと。
放っといたらきっと、お腹を空かせたままニールに張り付いているに違いないから。僕たちでできることはしてあげよう。
「あ、ミリさん。終わったみたいだよ」
「ほんとだ」
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