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第179話 ニールの手のひら
「ふー、やっと二人きりになれる」
「フタリ……」
「そう、アサ、お前と二人」
目を覚ましてから、いつも以上にあの人たちに囲まれていた気がする。意識を失っていたのだから、心配されるのも当たり前なのだけど……隣にいるアサに触れて、ああ、まだ生きてる、と実感したかった。かと言って、決して迷惑だったわけではない。多少騒ぎすぎて看護師さんに怒られるなどあったが、船長たちの心遣いはとても嬉しかった。
一人じゃない、仲間がいると実感できたし、不安を感じさせないくらい、いつも通りな仲間たちに囲まれて安心できたのは事実だ。
「アサ……」
「ンッ、ダイジョブ?」
「ああ、もうちょっとこっちに」
「コッチ??」
アサはずっと俺のそばを離れなかった、と船長が言っていた。少しは休め、と言っても首を振って俺の手を握っていたらしい。
若干疲れた顔をしている。色白の肌が目元だけくすみ、泣いたのかまぶたが少し赤く腫れている。
手招きをすると、隣に座っていたアサが控えめに身を乗り出した。先ほどと比べて静かになった病室に、ギシっと椅子が床に擦れる音がする。
「大丈夫、お前がベッドに乗ったって壊れないから」
「ン……マッテ……」
「はやく、抱きしめしせてくれ」
「ワッ、ニール?」
脇の下に両手を入れてグッと持ち上げると、アサが慌てた顔をする。看護師が戻ってきたら怒られるかもしれない。でも、少しくらい、数日ぶりの再会(アサはずっとそばにいたわけだが、俺としてはずっと会っていなかった気分だから)を果たした恋人を腰に跨らせていても、問題ではないだろう。何て言ったってアサは軽い。けが人の俺でも難なく持ち上げられてしまうくらい小さくて軽い。
久しぶりに、力を入れたら折れてしまいそうなアサの輪郭を撫でていく。綺麗なうなじからすっと伸びる背筋、そこから控えめな曲線を描く腰、膝丈の短パンに隠れている太ももに、ちらりと見える膝。もちろん靴下に隠れている踝も。変態染みているかもしれないが、俺はゆっくりと、アサの存在を手のひらで確認するように触れていった。
恥ずかしいのか、くすぐったいのか、長くなってきた前髪がうつむくアサの顔を隠している。形の良い唇から時折聞こえる、ンッ、と言う声が俺を調子に乗せる。
「アサ、ごめんな」
「ナンデ?ニール、ダイジョブ。ボク、モッ、ダイジョブ……ネ?」
そう言って見上げたアサの頬は紅く染まっていた。大丈夫、なはずだ。これ以上俺に悪いことは起きない。それでも、これから起きる可能性のある後遺症とか、詳しく説明できないもどかしさはある。アサにも、今の言葉以上に言いたいことがあるんじゃないか、と思ってしまうが、それでも俺は、アサが覚えてくれた言葉ひとつひとつに、それ以上の思いが込められていると信じて、大切に受け止める。そして、それを何倍にもして、言葉とジェスチャーで返していく。
何年かかるか分からないが、いつか、きっとこの時を振り返って、実はこんなふうに思っていたけど言えなかった、と笑い合える日が来るはずだ。
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