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第186話 ニールは必死すぎる
「アサ?大丈夫か?いっぱい出たな。気持ち良かったか?」
「……」
「アサ?」
しばらくの間、いや、もしかするとものの2秒くらいの間だったかもしれないが、頭を下げたまま身動きをしないアサが心配になって声をかけた。いつもは綺麗にまとめられている黒髪が、大好きな人の顔を隠している。
これは……怒っているのか?それとも、あんなことをこんなとこでやらせた俺に幻滅して、口をきくのも嫌になったとかか?いや、待て、それとも、気持ちいいと思ったのは俺だけで、気持ち悪くて声も出ないとか!?
「ン……」
「だ、大丈夫か?悪い、俺のせいで嫌な思いをしたなら!」
「ボ、ク……」
さーっと血が引いていくような気がした。自分たちの精液で汚れたシーツと下半身、汗ばんだ肌、興奮したせいか喉が張り付きそうな乾いた喉。
病院で目を覚ましたというのに、馬鹿みたいに盛った自分のせいでアサに嫌われたら、軽蔑されたら――俺はまた意識を失ってしまうかもしれない。いっそのこと、記憶喪失になったら都合が良いだろうな。何よりも、誰よりも愛している人のことを忘れて、イチからやり直せばいいんだ。船に乗っていたことも、自分の名前も忘れられれば、きっと俺は別人のように新しい人生を始められる。
しかし、だ。それでいいのか?嫌われたら記憶を失えばいいとか……俺はそんなにミジンコみたいに小さな人間だっただろうか。嫌われても、傷ついても俺の気持ちは変わらない。そんなことになっても、俺は何とかアサとの関係を繋いでおこうとするはずだ。
「嫌だったんだよな?ごめん、アサ、俺が勝手に……こんな、自分の性欲をぶちまけるみたいな……最悪だ、俺……ごめ――」
なぜか、アサのこととなると俺はすべての恥やプライドを捨てられるらしい。かっこ悪いのは分かっている。船の仲間にこんな自分を見られたらなんて思われるだろうとか、そんなことがどうでも良くなるくらい俺は今感情に身を任せて、すがるようにアサを見つめていた。
「ニール、ボク、ス……スキ、スキ」
「そうだよな、やっぱりこんな俺のことなんて……ごめんなアサ、幻滅したよな」
ん……?アサ、今なんて言った?スキ?
「スキ?アサっ!好きって言ったのか?聞き間違えじゃないよな。俺のこと嫌じゃないってことか?」
サラサラと前髪が流れ、いつもより赤い頬が顔を見せる。何度も何度も見てきた顔なのに、見れば見るほど愛らしくなっていくのは俺の気のせいではないはずだ。
小さく呟かれた言葉を聞き取れる前に俺はぎゅっとアサの手を掴んでいた。慌てていたのかもしれない。必死すぎる?ああ、必死すぎたんだきっと。変態染みたことを、幼い恋人に押し付けてしまったから……
「ン?イヤ?ニール、イヤ、ナンデ?」
「だって、俺が。いや、待て、だってアサ、今黙って動かなかったじゃないか。絶対嫌われたんだって……俺の勘違いってことか?アサ!?」
恋人の前ではいつだってカッコよくいたいのが男心と言うものだが。アサといればいるほど、プライドとか何だとかを俺は忘れてきて、情けない自分、おそらく一番自分らしい自分が表に出てきている。
「ナニ?ニール、ハヤ、イ」
「ああ、悪い、変に興奮してしまって。はぁぁ。ひとまず俺は嫌われてないってことでいいんだな?」
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