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第187話 ニールに余裕なし
通じてないだろう、と思いながら早口に喋ってしまうのは気が急いでいるからだろう。自分で勝手に興奮していたのだろうけど、不安になったぶんだけ、嫌いじゃないと言ってほしかった。と、言っても、通じていないのだから、言ってくれるわけはないが。
深呼吸をして、血が循環してきた指先でアサの手を撫でると、頭がはっきりしてきた。ぐるぐると巻かれた包帯が邪魔だが、性欲を吐き出したことも相乗効果になっているのかもしれない。
俺が1人で勘違いして落ち込んでいた時間は、おそらく数秒くらいのことだ。時間で言えば大したことのない、内容的にも笑われてしまうくらいどうしようもないことだろう。
一瞬。たった一瞬勘違いして一人で落ち込んで慌てて、恋人の手を力強く握って、自分勝手に早口で喋って……けが人のわりに元気だな、俺。後遺症の心配がないくらい脳みそ働いてる気がするぞ。
「ン?ニール、アタマ、ダイジョブ?」
「あたま……頭は、怪我してる割には大丈夫だけど……」
「ン、ギュースル?」
下から覗き込むように見上げたアサの瞳が、子犬のようで可愛すぎた。自分の目とは違う、漆黒の瞳はどんな光でも反射しそうなほど輝いている。心がきれいな人間の瞳は綺麗なのだろう。光の移り加減によってコロコロと色が変わる自分の瞳とは全く違うんだ。上手く説明できないが、透けてなくなりそうな色の瞳とはまた違う、黒さがアサの人間性を表しているような気がした。
深く、気高く、繊細で守りたくなる。
「ぎゅ、ぎゅー!?ぎゅー、なんて言葉、誰に教わったんだ?ケンか?」
「ケン、ギュースル。ニールッ、モ?」
「何だあいつ!俺がいないとこでアサにギューしてたのか?」
「ウ?」
心が狭い人間だとは思われたくない。だが、アサのことになると俺の心は蟻よりも小さくなる。アサの友人で兄弟のような存在であるケンでもだ。
子供みたいにカッとなった俺を訳が分からないと言った表情でアサが見つめ返す。それもそのはずだ。何を言っているか分からなかったのだろう。いつもは伝わるように心がけて話すというのに、頭を打ってから俺には余裕がこれっぽちもないようで、何も考えずに口を開いて、べらべらと言葉を口から漏らしているだけだ。
「ドゥゾ……」
控えめに両腕を開くとアサが呟いた。照れ隠しなのか前髪で顔を隠した恋人の可愛い声を聴いて、スーッと自分が我に返っていくのがわかった。
自分が教えた言葉じゃなかったとしても、こんな可愛いことを俺にしてくれているのだから、ケンを許すしかないんじゃないか?むしろ、ケンのおかげで、アサに「ギュー」してもらうわけだから、感謝するべきか?
「アサー!ああ、もう、お前はいいこだな」
開かれた腕の中に飛び込むかのように、ぎゅっと華奢な体を抱きしめた。力強く両腕を巻き付ければ、壊れてしまうくらい細い体なのは分かっている。だから、出来る限り力加減をしながら、それでもアサの体温を感じられるようにしっかりと、子供らしさを残した腰を両手で引き寄せる。
「イイコ、ボク?」
「ああ、何度も言ってるがお前はいい子だ。本当に目が覚めて良かったよ。こんなかわいいお前を置いて気絶してるなんて、なんて時間の無駄を。本当に記憶喪失にならなくて良かった」
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