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第188話 ニールの後片付け

これは本音中の本音だ。頑丈な自分の頭蓋骨と脳みそに感謝するしかない。後遺症のリスクはまだあるらしいが、このまま回復すれば大丈夫じゃないだろうか。大丈夫でないと困るんだ。 「ニー、ル!ハヤイ。ワ、カラナイ」 「ああ、また興奮してしまった」 「ンッ」  髪先で隠れる小さな肩に鼻をうずめるとくすぐったそうにアサが身じろいだ。  病室は静かだ。当たり前だが部屋は揺れることもなく、波の音も聞こえない。扉の向こうで、たまに看護師たちの声や足音が聞こえるが、それ自体は大勢での生活にとっては何の違和感も湧かないものだ。  不規則に揺れる船での生活に慣れた俺にとって、動かない陸での時間はどこかもどかしいようで、不思議な安心感を感じられるものでもある。 「アサ、いい匂いするな」  安心感の一部はアサのおかげだろう。海でも陸でも、アサを近くに感じていられれば俺はきっとどこでも幸せを感じられる。 「キタナイ、チガウ?」 「何のことだ?匂いのことか?アサはいい匂いがするぞ?いや、待った。変態っぽいことをまた言ったな。そうじゃなくて――」  身じろぎをすると俺を抱きしめていたアサが離れていった。  使える単語が増えてきたが、まだ文章を使って話ができないアサが指をさして意思疎通を図ってくる。 「コレ、ココ、ココ、ダメ」 「ああ、そういうことか」  アサの言う通りだ。飛び散った精液がお互いの体や寝具を汚している。  はっきり言って、どちらのものか分からない体液で濡れているアサは性欲をくすぐるが。誰かが病室に戻ってきたら、なんと言い訳したら良いか分からない状態だしな。いや、言い訳する隙間もないくらい何をしたか一目瞭然だろう。 「乾く前にふいた方が良いよな。誰がいつここに戻ってくるかわからないし」 「ン……」 「タオルが確かここに……あった。ほら、アサ、拭いてやる」  便利なことにタオルと飲み水が部屋に用意されていた。まさか、精液を拭くために使われる予定ではなかっただろうが、準備の良い部屋で良かった。  流石に使用後のタオルを他人に洗わせるのは気が引けるから、後で洗って干しておこう。 「よし、これで綺麗になったはずだ。アサ、下穿きは汚れてないか?」 「コレ?ン……ダイジョブ」 「本当か?少し濡れてないか?と言っても脱いでも替えはないもんな」 「ヌグ?」 「ああ、だってこのまま履いたら気持ち悪くないか?」  大丈夫、と繰り返すアサの言うことを俺は聞くことにした。と言うのも、脱がせたところで、下穿きなしで短パンを履くことになるわけで……たった一枚布がなくなったところで何だ、と他の人間にだったら言っているはずだが、アサの場合は、このたった一枚がなくなったら俺の気が気でなくなるわけだ。  下穿きなしで短パンを履いているアサとか……ああ、ダメだ。だって下からも上からも手を突っ込んだら…… 「ふぅ。頭がパンクしそうだ」 「ニール、アタマ、イタ、イ?」 「大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけで」 「ダイジョブ、ホント?」  馬鹿みたいに、恋人に変態行為をしようとしているところを想像して頭を抱えていたとか、例え言葉が通じていてもアサには言えないことだ。  お互い体を拭いて、身なりを整え、何ごともなかったかのように、元の位置へと戻っていった――俺はベッドに座り、その横にアサは腰を掛ける。  窓を開けて換気をしたし、タオルも洗って部屋の端に干してある。今誰がこの部屋にはいってきてもきっと……きっとばれないはずだ。

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