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第197話 ニールの考察

 周りで繰り広げられる会話を聞いて、新しい言葉を学んでいくアサを見ていると自分のことのように誇らしくなってしまう。ただ、言葉の意味を説明するのは船を動かすより難しいことで、たまに勘違いが発生したりする。 「船長、多分なんですけど。アサは医者が誰かの名前だって勘違いしてますね」 「お前もそう思うか、ニール」 「これはどうしますかね。今説明しなくても、その人に会ってからのほうが説明しやすいかなと思うんですけど」 「だな。無理やり説明したところで、余計混乱させてしまうかもしれないしな」  不思議そうな顔で覗き込むアサの頭を船長が撫でる。「医者」と言う名の誰かが船に仲間入りする、ということで納得したのか、横に立つ船長と俺を交互に見つめ、アサは複雑そうに微笑んだ。 「コワイ?」 「そいつが怖いかって?」 「センチョ……イシャ、コワイ?」 「うーん、そうだな。怖くはない。どちらかと言うと優しそうなやつだったぞ」 「ふん!そんなのね、怖い人だったら僕がドッカーンと退治してやるんだから!」  アサの心配はおそらく、その人が怖い人間かどうかというよりは、初めて会う人間だから、話しやすいかどうかとかそう言うことだと思うが。船長に大丈夫だ、と言われ、ケンが意味の分からない宣言をし出したせいか、アサは安心するしかないと言うかのように、俺のほうへ視線を向けた。  もともと人見知りをする性格だったかは分からない。船に乗る前の、祖国にいたころのアサはきっと、明るく親しみやすく、物怖じしない少年だっただろう。何の根拠もないが、何か月か一緒に生活をしていくうちに、所どころ垣間見れるアサの表情や行動から、そんな一面を時折見てきた気がする。  当初は自分の殻に閉じこもるような様子も見せたアサだったが、最近の、特に自分の意志で船に留まると決めてからのアサは、どちらかと言うと自分から覚えた言葉を屈指して船員たちと話をして、何に怖がることもなく生活しているように見える。たまに新しいことや人と接する機会があると、今のように躊躇してしまうこともあるが、言葉が通じないことが原因となっているのは確かだ。 「ケン、せっかく見つけた船医を退治されても困るのは我々です。それに船長が大丈夫だとおっしゃっているんですから」 「でも!もし万が一アサを怖がらせるようなことがあったら困るでしょ!?」 「おい、そんなやつ俺が選ぶと思うか」 「船長、顔怖い!ちょっとミリさーん、自分の旦那さんに手綱つけといてー、って痛い!?!?」  軽口を叩いたケンの耳を船長が無言で掴んだ。ここで誰も心配をして船長を止めようとしない辺り、俺たちはこの流れに慣れすぎているのかもしれない。ミリさんだって微笑ましそうに2人を見ながら「自業自得だね、ケン」とか言っている。ある意味この二人にとっては、ケンの躾なのかもしれない(それにしても躾の効果は全然ないようだが)。 「わっ、耳!耳痛い、暴力反対ー!」    

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