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第204話 ショーンは時間厳守
「ミリさん、おはようございます。お体の方はもう……大丈夫なんですか」
「なに?セブがなんて言ったの?」
美人は怒らせると怖いのだ、と眉間にしわを寄せたミリさんを見るたびに思う。もちろん、まだ「怒り」に達しているわけではないが、迫力があることには違いない。
限られた滞在時間のなかで、やれることは少ない。今回はニールの入院が主な目的であり、何よりも緊急停泊であったわけだから、予定もあるようでなく、詳しく調べた土地でもない。毎日数人で集まりニールの見舞いに行き、食事を食べるなりして時間をつぶしてから解散していた。
ここの予備知識があったのは船長くらいで、言葉を知っているのも船長だから、いないと困る存在になっていた。
とはいっても、四六時中上司と一緒にいたい部下はいない。ただでさえ船の上では「ずっと一緒」なわけだから、陸にいる間は距離を置いておきたいこともある。
「いえ、私は体調がすぐれないとしか聞いておりませんが」
「そ、そう。元気だよ。ちょっと無理をしちゃったんだけど、みんながわあわあやってる間にゆっくりできたからね」
「わあわあ、ですか。多少ケンと船長が大はしゃぎされていたような気はしますが」
「珍しく観光する時間ができたんだもの」
船長が新しく船医を雇った次の日、観光をしよう!と言い出したケンが船長を説得し、朝食から始まり夕方まで続く、長い観光の一日を私たちは過ごした。ミリさんとニールは残念ながら不参加だったが。
何年船に乗っていても、たどりつく土地の景色が同じだったことはない。空気でさえ違うのではないかというくらい、匂いも場所それぞれ独特だ。
観光、と言っても、朝食を食べによった海辺の店で、店主と意気投合した船長に連れられて、季節の初めに開催される収穫祭に訪れたくらいだ。自分たちよりも日に焼けた店主によると、ここには収穫の神だか精霊だかが住んでいて、祭りを行い祝うことで数か月食べ物に困らなずに済むらしい。と、船長が通訳をしてくれた。
目を離してしまうと迷子になることを生きがいにしているようなケンと、人がぶつかっただけで倒れて怪我をしてしまいそうな体型のアサを連れ、人込みを歩くのは意外と気を使うものであった。とはいえ、つまらなかったわけではなく、帰ろうと船長が言い出すころには、誰もが両手にたくさん土産を持っていた。
ミリさんの言う通り「わあわあ」と楽しんだということか。
「そうですね。アサも楽しそうでしたよ。最後にニールにも会いに行けましたし」
「そういえば、その本人は?」
「ニールですか?」
たしかに、と思い周りを見渡してもニールの姿は見えない。とはいっても、出航当日である今日、この港に予定よりも早く着いたのは私たちぐらい。いつも通り、と言っては何だが、荷積みを任されている船員たちがちらほら顔を出し始めたくらいで、他の人間たちはもう少したってから来るはずだ。時間厳守な仕事であるのと、遅れたら文字通り置いて行かれるからから、時間通りに行動する船員が多いのは助かることだ。
「病院から直接来る予定でしたが」
「だよね……あ、ケンとアサだ」
そういったミリさんの声を合図に目線をあげると、大きな荷物を背負って手を振るケンたちの姿が見えた。
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