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第206話 ショーンの考察
「ミリさんおっはよおおおお!!!」
いつも通りのケンの元気さに思わず両手で耳を塞いでしまった。うっ、と声を漏らしたミリさんも眉間にしわを寄せている。船に荷積みをしたり港で出港準備をしている船員たちでさえ「うるせーよ、ケン」「元気だな」と声をかけているから、この声の大きさはお墨付きに違いない。
「ケン、声量を落としてください。早朝からそれは頭に響きますので」
「んええええごめん!」
「オハヨ、ミン、ナ」
対照的に控えめな声量のアサが、小さく手を振った。背中に背負った鞄がなぜか必要以上に大きく見える。小柄な体に背負われているせいか、買い物をし過ぎて荷物が増えたのか、どちらにしても早く降ろさないと肩がつぶれてしまいそうだ。
「アサもおはよう。ニールはまだ?」
「ニール。センチョ、ガ……」
そこまで言うと、アサは言葉に詰まった。困ったような顔でミリさんから目を外し、言葉を探しているかのように目を泳がす。
その仕草が、愛らしいのだとニールが言っていたのを思い出した。言いたいことがたくさんあるだろうけれど、使える言葉が足りずにもどかしい思いをしている人間を目の前に「愛らしい」はないだろう、と反論したのは私だけではなかったはずだ。
でも今、それを目の前にして、確かに愛らしいと思える自分がいた。アサが流ちょうに私たちの言葉を話せていたら、きっとこのような仕草を見ることもできなかったはずだ。だから貴重で愛らしいのだろう。このまま上達していったら見れなくなる仕草なのだから。
「そうなの!船長が病院まで迎えに行くって!なんか薬とか説明とかいろいろあるらしくて。『あいつだけじゃ心配だ』だってさ」
「確かに、病み上がりの人間を一人で港まっで歩かせるのは心配ですしね」
船長の物まねをするケンの向こうに、荷積みをしようと木箱やら大きな袋やらを運ぶ船員たちが見える。この仕事は楽ではないのだ、と思い出す瞬間だ。重労働な割に、休みは少ない。良いことと言えば、衣食住が用意されているところだろうか。
それにいつでも仲間に囲まれている。行き場のない人間の集まりだ、という人もいるがあながち間違ってはいないような気がする。陸ではなく海で生活することを選んだ人間の集まりなのだから。
理由やきっかけは異なれど、私自身も、アサも、同様にだ。
「それなら、みんなで先に船に荷物運んじゃおうか」
そういったミリさんは、すっかり仕事ができる上司の顔をしていた。海風が緩やかに吹き、後ろに束ねられた髪がさらさらと揺れている。ごく淡い金色の髪は光を反射するかのように輝いていた。
「ケン、今回食糧はどうされました?」
「仕入れた!おいしそうなもの仕入れたよ!」
「そうではなくて……その仕入れたものはどうされたのですか?」
大きすぎる荷物の中に食糧は含まれていない予感がした。なぜかは説明できないが、長年一緒に生活してきて培った勘だ。きっと鞄の中には、生活には役に立たなそうな小物やら、貝殻やら、服やらがたくさん詰め込まれている。
「力ある人に任せた!」
「……なるほど、人任せってことですね。自分の仕事は自分で終わらせるということを――」
「適材適所ともいうじゃない」
朝からあれこれと考えすぎた結果だろうか。ケンにうまいこと言い返されるとは。頭が本調子に回転していない。一週間も仕事を休んでしまったせいだ。
「……確かに」
「ケンにしては賢いこというね」
「ミリさんひどい!」
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