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第209話 ショーンと新人の自己紹介

 そういわれると、背の高い男性が船長の背後から現れた。見知らぬ人がこの部屋にいることを、気づいていなかったわけではない。以前船長と交わした会話からこの人が何のために船にいるのかは、私はうっすらと気づいていた。新人が航海の途中で加わること自体は珍しいことではない。それにこのタイミングでもあるのだから、誰もが気づいていたことだろう。おそらく、ケン以外は。 「初めまして、イリアスです。イリアとかイリーって呼ばれてるんで、好きなように呼んでください。今日から船医として働かせていただきます。船での生活は初めてなので、わからないことだらけですが、よろしくお願いします」  軽くお辞儀をしたイリーは緑色の瞳を細めて笑顔を作った。緊張しているのか、動きがぎこちない。背が高く丈夫そうな体格とは不釣り合いな仕草で、何とも微笑ましくも見えてしまう。 「ということだ、みんな仲良くするように。わかったな?」 「わっ、かっこいい……」 「サイ?サイ、ダイジョブ?」 「おーい、サイー戻ってきてぇ!!!」  パチパチと歓迎の拍手が鳴り出す。そんな部屋の一角で固まっていた若い船員たちから騒ぎ声が上がっていた。もちろんそれは、ケンとアサのことである。騒いでいるのは十中八九ケンなわけだが。今回は彼らと一緒にいたサイが原因なようだ。 「どうしました?」 「ショーン!大変だよぉ!サイがこーんなになっちゃって使い物にならない!」 「使い物に……一番あなたに言われたくない言葉ですね」 「あ!?ひっど!」 「サイ?アタマ、イタイ?」  ボーっと一点を見つめて動かなくなってしまったサイを、アサが人差し指でつついている。心から心配しているのか、眉尻は下がり、首をかしげてもいた。  サイ自体は大丈夫だろう、無反応だが身体的に問題があるわけではなさそうだ。ただ、夢見心地と言った表情をしているから、現実に戻してあげなければいけない気がした。 「サイさん、どうされました?」 「う、うわぁ!?ご、ごめんなさい。ちょっと、えっと、大丈夫、だいじょうぶです。あの、えっと。わっ、僕、何を……えっと」 「んもぉぉぉ、サイったら」 「おい、そこのお前ら、まだ解散してないぞー。黙って話聞け。特にケンな」 「え!?待って僕!?」  船長の言葉を合図に、誰もが口をつぐみ視線を前に戻す。自己紹介を終えたイリアスは、船長が指さす方へと足を運んだ。それがたまたま、大騒ぎをしているサイたちの傍だったのは、わざとではないはず。 「質問があるやつは、ニールかショーンに聞け。当直も特に変更はないはずだから、問題はないはずだ。当初のルートに戻ったら後は計画通りに進むだけだ。ここで燃料と食糧の補充はしたが、次の寄港は予定のまま。3か月後だ」 「「イエッサー!」」  淡々と船長が説明をする。それに応えるように、船員たちが声をあげた。  その中、一人反応しなかったのはサイだ。今度は、手を伸ばせは触れられる距離に来たイリアスを見上げて(身長の差がありすぎるせいもある)固まっている。  私の勘が間違っていなければ、これは何かの始まりかもしれない。厄介なことにならなければ良いのだけれど、どちらにせよ狭まれた環境でともに暮らす故避けられたことではないのかもしれない。

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