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 教室に入るとクラスにいる全員が瑚和を振り返る。でも誰も声をかけようとしない。気にしないようにして最短距離で窓際の席に座った。  最初のうちは女子にも男子にも席を囲まれてひっきりなしに話しかけられた。  自分が皆と同じβではないと気付かれるのが怖くて詮索されるのを嫌った。曖昧に返事をしていたらそのうち相手にされなくなってしまっていた。  発情期で定期的に休むせいで体が弱いと思われ、腫れ物を扱うような態度を取られるのも辛い。  だが、なめられたら困るという一心で成績だけは常に上位をキープした。それが抑止力になっているのかは分からないが、おかげでひがまれることはあってもいじめられることはない。  あと二年くらい。なんとか乗り切れる。なんとか。  そこから先のことはまだ考えていないけど。  頬杖をついて窓の外を見た。空丸はまだ動物に囲まれている。馬鹿みたい。  あんなに素直な彼に秘めごとをして、もしかしたら失望させてしまうかもしれない自分がなんとなく憎い。  俺だってできるならβに生まれたかった。  どこからやり直したらいいのかさっぱり分からない。  考えるのをやめた。  いつの間にか窓の向こうの空丸がテツに絡まれている。  瑚和は目を見開いた。最近めっきり見なかった光景に動揺を隠せない。テツは何人かの人狼を従えている。取り囲んでいる空丸に今にも飛びかかりそうだった。  ソラが危ない……と冷たい汗が背中に流れる。どうしようと心の中で焦っていたら、後ろから声をかけられた。 「……岩崎くん」  控えめに聞こえてきた女子の声にびっくりしながら振り返ると、このクラスで一番目立っている女子が他の女子を引き連れて瑚和の席の前に立っている。クラスの男子がちらちら窺っていた。  腹がむかむかする。体がちくちくした。顔を上げて視線を合わせる。首を傾げると女子が少し恥じらうように視線を逸らした。 「最近一年の白い犬とよく一緒にいるよね」  言い草にびっくりした。  白い犬、って。ソラはそんな名前じゃない、とは言えない。  顔には出さないように尽力して、ああ、となんでもないような態度を取る。 「なんか懐かれて」  困った笑顔を取り繕う。  女子の顔がぱっと明るくなった。 「やっぱりつきまとわれてるんだよね! 岩崎くんが好きで一年と付き合うわけないよね!」  それを聞きたかっただけなの、と勝手に満足した女子たちはそのままいなくなってしまった。  瑚和はなにも言い返せない。確かに空丸はまとわりついてくるが、嫌だったら突っぱねることもできる……今日みたいに。  女子たちはまるで瑚和が人狼と関わることを嫌っているような言い分をしていた。  満開だった桜がもうすぐ葉桜に変わるくらいの月日が流れてβとαに出来たのは、人狼を「人」ではなく「犬」と見なす冷たい溝のようだった。 「ゲイなんじゃねえの」  やにわに聞こえた心ない言葉に瑚和の思考は固まった。  周囲から嘲笑が聞こえてくる。幻聴かもしれない、でも瑚和の耳には永遠にこだまするように響いて背筋を凍らせる。  ただ黙って俯いた。  予鈴が鳴る。  思い出した時、窓の向こうに人狼たちの姿はなかった。

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