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父の名前は大和で、母の名前は珊瑚。名前は一文字ずつ親からもらった。
瑚和。この名前は好きだった。物心ついた時には母はもういなかったけど自分の名前に生きている気がしたから。
父は町医者で人望も厚く家でも男手一つで瑚和を育ててくれた、自慢の父だった。
母がαの社会から逃げてきたΩだと知ったのは、自分に発情期が来た年のこと。
瑚和はそれまでβとβの間の子として生きてきた。
自分がβとΩの子だなんて露とも思わずに。
父が悲壮の中で語ってくれた。
俺を生んだ母は死んだのではなくて、αの社会に連れ戻されたのだと父は言った。
父は瑚和がΩだと分かった途端、彼を置いて出て行ってしまった。瑚和を受け入れてもらえるようにαに話をつけてくる、って、言ったきり。
もう二年も戻ってこない。
父の口座には瑚和が成人するまで生活するには十分すぎる金が入っていた。
きっとこれが答え。なにがあったのか知ることはできないけれど、父は自分が戻ってこられるとは思っていなかったに違いない。
βとβの間ではβしか生まれない。
βとαでは子は授かれない。
Ωはαの子を宿せる唯一の性だ。
だから子孫を残すためにβがβだけの社会を作ったように、αもΩとの社会を作ったのは当然の流れ。
αの社会を生きるΩの生活を瑚和は知らない。
だからΩの母がなぜβの社会へ逃げてきたのかは分からない。
でも多分、母は興味があったのかもしれない。βの世界に。
父が語る母はすごく好奇心と慈愛に溢れている人だったから。
昔はそんな母を素敵だと誇ったが、今はただ憎い。お人好しの父が善意で母を匿ったのは想像に易い。困っている人に手を差し伸べるような父だった。
……でもなぜ俺を生んでしまった?
βとΩが番うことはこの世界ではあまりにも異端だ。
当たり前に生活していれば決して交わるはずのない性だから。
βとΩの間に生まれる子の性すら、βの社会では文献として残されていない。
βの子だがΩで、Ωだがβの血が混じっている。
こんな自分が生きる社会なんてどこにあるっていうんだろう。
どこにも受け入れられるはずがない。
産んで欲しくなかった。
いつの間にかあんなに好きだった自分の名前すら忌まわしくなってしまっている。
俺の生きる意味ってなんだろ。
疲れた……。
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