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第56話 渉外
「じゃあ 行ってくる
悪いが 少し待っててもらえるか⁇」
「はい 何かありましたら ご連絡下さい」
笑顔で頷いてくれた佐倉は 携帯をフロントに置くと、助手席にあったノートパソコンを開いている
俺は創の手を握ると、一週間前に来た建物の敷地内へと足を踏み入れた
「…創 大丈夫か⁇」
「…ん」
車の中では 大丈夫そうに見えたが、やはり創の顔は 少し強張っていて、手を繋ぐ程度の事しか出来ない自分が 本当にもどかしい
「桃坂様 お待ちしておりました」
入口には先日の男が立っていて、契約書を書いた部屋に案内された
「では こちらご確認の上 サインをお願い致します」
「はい」
契約書と交換する様に アタッシュケースを渡すと、男はそれを持って別室へと消えて行き、俺は渡された書類に目を通した
読み終えた後 サインを済ませると、隣に座る創に視線を移した
華奢な身体は小刻みに震えていて 白い肌はより一層白く見えた
青白いという表現が正しいのかもしれない
ここで嫌な思いを沢山してきただろうから 無理もないと思う
「創⁇ もう終わるからな⁇」
そう言って頬に触れると 青い瞳が揺れて、俺の左手を強く握り締めた
「…ゆうご」
「うん⁇」
「…ギュッてしても良い⁇」
「ん…おいで」
俺が手を広げれば、創は俺の膝の上に跨り 首に腕を回している
キツく抱き着かれて 少し苦しかったけど、こんな事で創が少しでも楽になってくれるなら、そんな事 全く苦にならなかった
「すみません お待たせしました」
戻って来た男は 満足そうに笑みを浮かべている
手には鍵を持っていて やっとコレを外してあげられると、少しだけホッとした
「おや⁇ 創君がこんな風に誰かに懐いてるところなんて 初めて見たな」
その言葉を聞いて 正直嬉しかった
自分の中の独占欲が 少し満たされていくのを感じる
首輪を外してもらうのに 創を降ろそうとしたら、そのままで良いと言われた為、脇の辺りに置いた手を背中の方にズラし、気持ち程度に さすり上げた
襟足の髪だけ持ち上げて欲しいと言われ、細い髪を掌で押さえると、そのまま重そうな金属をジッと見つめた
男が 鍵を差し込み 暗証番号を入力すると、カチャッと音を立てて 創の首から鉄の塊が外れた
「はい 出来ました
それにしても 創君良かったね〜
優しくて 格好良くて、しかも あの桃坂財閥の人に引き取ってもらえるなんて‼︎
こんな良い話 そう滅多にあるものじゃないよ⁇」
余計な事は言わなくて良いと 釘を刺そうとしたのに、創が先にコクリと頷いたものだから 俺は黙るしかなかった
何だか妙に照れ臭い…
「あの〜…
この子の荷物なんですけど、薬類は 返却をお願いしておりまして…」
持って来ていた創のボストンバックをチラッと見る男に、俺は鞄を丸ごと渡した
「いえ 全て新しく買い替えますので こちらは結構です」
そう言い放つと 男は嬉しそうに ニヤニヤと笑っている
全部返って来るなんて ラッキー‼︎ とでも言いたげな感じだが、コレを着せる人がいる事の方が 俺には疑問だった
「そうですか‼︎ ありがとうございます‼︎
この子 後二週間以内には 発情期が来る予定なので、早目に病院に行く事を オススメ致します」
「分かりました」
「あとこちら控えと この子に関する書類が入っていますので」
封筒を受け取るのと同時に 部屋の電話が鳴り響いて、男は明らかに出たそうにしている
「どうぞ 私達はこれで失礼します
ありがとうございました」
「すみません
また何かありましたら よろしくお願いします」
深々と頭を下げた男に 軽く会釈をすると、創を膝から降ろし その手を取ると 部屋を後にした
緊張や疲労が出たんだろう
創の手は すっかり冷たくなってしまっていた
少しでも温かくなって欲しくて、小さくて細いその手を 強く握り締めた
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