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第87話 恢復

「あ 物井⁇ 本当ありがとな あの後 どうだった⁇」 仕事もひと段落ついて そろそろ帰ろうかという時、物井から電話がかかってきて 創の様子を聞くのと一緒に、お礼も改めて伝えたいと 迷わず携帯を手に取っていた 『創君さ、今年受験させてみろよ 多分受かるぞ』 「え⁇ 本当に⁇」 その言葉は かなり意外だった 創が どれ位あの場所にいたかは聞いていなかったが、あの環境で きちんと勉強をしているとは思えなかった 一瞬 先日の父の言葉が 頭を過ぎったが、物井からの言葉は 俺の想像の上をいくものだった 『お前 瞬間記憶能力って知ってる⁇ カメラアイとかとも言われててさ、一回でも見たり聞いたりした事を、ずっと覚えてられる人の事なんだけど 創君それだぞ』 「え⁉︎」 俺の声に 佐倉が驚いた様に振り返ったが、直ぐに にこりと笑って 部屋を退出してくれた 「創が⁇ 本当かよ」 『間違いない 本人もそう言ってたし テストも暗記系は満点 俺が教えるのは 応用位になりそうだな 多分 週3で余裕だわ』 「そ そっか…」 正直 かなり驚いた 創がそんな能力の持ち主だったなんて… 単純に 羨ましいなと思ってしまった 『でも気をつけてやれよ』 「ん⁇」 俺の考えを読んでいたかの様に 物井の声が低くなった 『一見便利そうに見えるかもしれないけど、忘れられないって 相当キツイんだからな』 「…え⁇」 『人生って 勉強した事や楽しい事だけじゃないだろ⁇ 辛い事や恐かった事なんかも、絶対忘れられないんだからな』 そう言われて 最初の頃に よく創がパニック状態になっていた事を思い出し、携帯を持っていない方の手を 強く握り締めた 『つまり あの子の傷は 時間が癒してくれないって事だ』 物井の言葉が ズシンと重くのし掛かった 創は 今までの事を 鮮明に覚えている 『…かお…見ながらが…いい…』 あの言葉を言われた時 ただ可愛いとしか思わなくて、その真意まで考えてあげる事が出来なかった自分が不甲斐ない もしかして 顔が見えないと、前の事を思い出したりするんだろうか… 『創君良い子だし 根掘り葉掘り聞くつもりもないけど、なんか訳ありなんだろ⁇』 「…ああ」 『俺には受験に協力する位しか出来る事ないけど、何かあったら いつでも相談乗るから ちゃんと言えよ⁇』 「物井…ありがと」 『おう 取り敢えず 創君は とても優秀な生徒でした また明後日行くから よろしくな』 「ああ よろしく頼む」 通話を終了させると 天を仰いだ 物井から創の話を聞いて、一番に 便利で良いなと思ってしまった事が 恥ずかしい 「…創」 早く帰って 抱き締めたい 結局 俺に出来る事なんて、これしか思いつかなかった

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