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第175話 恩義 Ⅳ

連れて来て頂いた場所は 全席完全個室の店だった 飲み物を注文した後、社長は自分の方にゆっくりと向き直った 「…君 Ωだね」 当然の質問にグッと拳を握った もう言い逃れをするつもりは無かったが、それでも口を開くのに随分時間がかかってしまったと思う 「…はい…嘘をついて…申し訳ございませんでした」 声が震えてしまい、上手く喋れたのか自信がない 人生終わった そう思った矢先、社長からとんでもない言葉が 飛び出したのだった 「気にする事はない  私なんて、αだと嘘をついている」 社長の言葉に、俯きながらも目を見開いた 先程から もしかしてと思ってはいたが、それでも自分の考えに自信は全く持てていなかった だって社長は あまりにも完璧な方だったから 「この事は亡くなった両親と妻しか知らないんだ  αとして育てられたは良いが、当然 結婚の際に問題が生じてね  α女性は気の強い方が多くて、中々自分の話をする勇気が出なかった  妻は身体があまり丈夫ではなかったが、気立ての良い人でね  自分もαだと名乗らせて欲しいと頼んだら、快く了承してくれた  長男は私が産んだが次男は妻が産んでくれた  感謝しても仕切れないよ」 「…そう…なんですか…」 αとして生きるなんて並大抵の努力では出来ない それを体現している社長を改めて尊敬した しかし どうしてこんな大切な話を自分なんかにしてくれるのか、それだけが分からず 失礼な反応をしてしまった気がする そんな自分の考えを察したのか、社長は目を細めると少し哀しげに笑った 「一人でこの秘密を抱えているのが…中々辛くてね  君のおかげで少し楽になったよ…」 「…社長」 疑問が解ければ、その心中を察するだけでも胸が苦しくなった 家族にも秘密というのは どれ程辛い事だろう 「Ω性はどうにも生きにくい世の中だ  君も大変だっただろう  でも 性別が何であろうと、優秀な者は優秀だ  君はどこに出しても恥ずかしくない私の自慢の社員だよ」 「…そ…んな…」 大袈裟だと言われるかもしれないけれど、初めて人に認めてもらえた事が死ぬ程嬉しくて、堪えきれない涙が止め処なく溢れてしまった 人前で泣いたのは 社長が初めてだった 「これからも よろしく頼むよ」 「…社…長…」 泣きすぎると息がしにくい事を、この日初めて知った それでもこの気持ちはしっかり伝えないとと思い、震える唇を何とか動かした 「…あ…あり…がと…ござい…ます…こ…このご恩は… い … 一生忘れません…」 自分の言葉に 社長はそれは綺麗に笑ってくれて、この方の為に 自分が出来る事はどんな事でもしようと、そう強く心に誓った瞬間だった

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