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4 槐について

 中学生になった夏央(なつお)は、自由に館の外へ出ることを許された。  改めて見る館の外観は、三階建てで瓦葺の屋根がある、和風テイストの洋館だった。 「ここは明治時代に蔵木渡(くらきど)様の血筋の方が、ホテルとして建造したもので、改築を繰り返しながら、四十年程前までは営業していたんですよ。」  初老の使用人の牧野に説明され、夏央は納得する。見晴らしのいい環境の中に建つ美しいホテルだが、どこか閉鎖的で、交通の利便性なども考えると、経営は難しかったのかも知れなかった。  現在の主である蔵木渡(くらきど)(えんじゅ)は、そんな館を自宅にして、数人の使用人達と暮らしている。他に血縁者はいなさそうだった。  未だに槐が何の仕事をしているのか、夏央は知らない。  ここへ来て親しくなった、四つ年上の絢斗(あやと)がしているという仕事の内容も、詳しくは知らされていない。  知らないという事に不安はあるものの、彼らへの強い信頼感が、それを打ち消してくれた。  槐は毎夜、夏央のベッドに潜り込んでくる。  夏央が怖がりだという事を分かっての行動なのか、それは不明だったが、夏央はいつもそれを心待ちにした。  槐が来られない夜は、先輩である絢斗(あやと)が代わりに訪れた。  その絢斗には、夏央が怖がりだという事が、早々にバレてしまった。  絢斗はホラー好きで、彼が一緒に観ようとホラー映画を薦めてきた時、夏央が顔色を変え、泣きそうになりながら拒否したので、怖がりがバレてしまったのだった。  弱味を握られてしまった、そう悔やんだ夏央だったが、絢斗は執拗には揶揄ってこなかった。高二にしては幼くみえる絢斗だったが、大人の振る舞いが出来る意外な面もあったのだった。  初夏のある夜、槐の代わりの絢斗が、夏央の部屋をノックした。  その手に何か持っていたので、ホラー関連の物ではないかと警戒した夏央だったが、古そうなハードカバーの小説のようだったので、中へ通した。 「今日さ、槐さんの裸、見ちゃった!」  にやけた顔で開口一番にそんな事を言う絢斗に、夏央は思ったままを口にする。 「絢斗君、気持ち悪い…。」  因みに、同性である槐の裸を見て喜んでいる行為に対してではなく、単純に、にやけ顔の絢斗への感想だった。 「気持ち悪くて結構!浴室でばったり会っちゃってさ。…槐さん、綺麗だったなぁ。」  感嘆の溜息を吐く絢斗は、槐の信奉者だ。 「槐さんの美しさは異質だよ。…何をしてても、されてても穢れる事がないって感じ?俺なんか、エステ行ったりとか、結構な努力してんのにさ…。」  夏央は表情に出さないようにして、絢斗が結構な努力をしているという事実に驚かされていた。  そこから暫く、夏央は絢斗の槐談義に付き合う事になった。夏央も槐の事を慕っているので、寧ろ語りたくもあったが、大人しく聞き手に回った。 「槐さんって、いくつだと思う?」  不意に絢斗に問われ、夏央は予てから推測していた年齢を答える。 「…二十四、五歳くらい?」 「…に、見えるよな。…俺がここに来たのは三年前だけど、あの人、何も変わらないんだよな。」  絢斗も槐の実年齢を知らなかったことに、夏央はがっかりした。 「大人って、十代の頃と違って、二、三年じゃ、そんな急に老けたりしないんだと思うけど。」  夏央の母も、ずっと若い感じだった。  久し振りに思い出してしまった母の顔を、夏央は慌てて頭の中から消し去る。自分を捨てた両親を思い出すのは、苦痛でしかなかった。  そんな夏央の心情には気付かずに、絢斗は目を丸くしている。 「子供のくせに、尤もな意見を言ってくれるね!」  そう言った後、急に絢斗は意味深な笑みを浮かべてみせた。 「…でも、俺と会って何も変わらないっていうのは、ただの導入部分だから。…実は、こんな物を手に入れちゃったんだよね。」  絢斗は手にしていたハードカバーの小説を開き、挟まっていた一枚の写真を取り出して見せた。  そこには近影と思わせる槐の姿と、その横に、黒髪の外国人と思われる、体格のよい男性が写っていた。寄りそう二人は、映画のワンシーンのように美しい。その背景はこの館の庭のようだったが、多少、今と違っているような印象があった。 「日付があるから、よく見て。」  絢斗に言われて、夏央は写真の右下に入った日付に目を留める。日付は約二十五年前のものだった。  素直に騙されるわけにはいかないと思って、夏央は色んな可能性を考えてみる。 「こんな日付、アプリとかで簡単に入れられるんでしょう?」 「俺が作ったんじゃないって。…この紙質とか、なんか古い感じ、分かんない?」  それでも夏央は、信じるべきなのか逡巡する。 「…槐さんの部屋に入ったの?」 「ちょっと用を言い付けられてね。…次、入る機会があったら、ちゃんと返すよ。」  夏央に咎められたと思ったのか、絢斗は写真を入手した経緯を誤魔化しつつ、話を続けた。 「…で、本題だけど、槐さん不老不死説。隣に写ってる男の人の雰囲気も含めて、…正体は吸血鬼っていうの、どう?」 「どうって…。有り得ないよ。」 「そうかな?」  絢斗は尤もらしく推理を披露する。 「槐さんは汐翠(しおすい)学園の理事長と仲が良いんだよ。…で、この前、中等部でも献血があっただろう?高等部でも、勿論あった。うちの学校の献血って、なんか変なんだよ。三ヶ月に一度、中等部と高等部で、学年毎に時期をずらして、半ば強制的に生徒全員に献血させてる。他の学校じゃ、聞かない話だよ。」  他を知らない夏央は、三ヶ月に一度の献血は、やはり普通じゃなかったのかと再認識した。  担任の教師からは、新しい血液を作る為に、古い血は抜いた方がいいのだと説明があり、生徒達はみんな、健康診断でも受けるかのように血を抜かれていた。 「一人200ミリリットル取られるから、…ざっと計算して、ひと月60リットルの血液が、うちの学校から何処かへ送られているんだ。」 「何処って…、献血センターとかでしょう?」 「…果たしてそうかな?」  絢斗は、その血液を槐が飲んでいると言いたいのだろう。 「理事長と仲が良いだけで、大量の血液は貰えないと思うけど…。」 「だから、理事長も仲間の吸血鬼なんだよ。」  夏央は複雑な心境に陥る。 「絢斗君は…槐さんが吸血鬼だとしたら、嫌じゃないの?」 「嫌じゃないよ。もし、そうだったら、俺はあの人の眷属になりたいから。」  神妙な面持ちで答える絢斗から、一生、槐の傍に居たいのだという気持ちが伝わった。 「今度、僕が槐さんに、吸血鬼なんですかって、訊いてみようか?」  夏央が真顔でそう言うと、絢斗は途端に慌て始めた。 「馬鹿!それだけはやめろ!…全部、冗談だから!」  絢斗は写真を小説の元の場所へ挟み込み、全てをなかったことにして、話を終わらせた。  夏央はざわつく何かを感じながらも、槐を慕う気持ちは変わらないと、心の中で自身に言い聞かせた。

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