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5 夏央 十四歳

 夏央(なつお)(えんじゅ)の館に来て、二年と少しの月日が流れた。今年の春から、中学三年生となる。  身長も四つ年上の、絢斗(あやと)と同じくらいまで伸びていた。  今では、絢斗がしている仕事が何なのかも、何となくだが理解している。  今から半年ほど前の事だった。  相変わらず怖がりの夏央の為に、時折、一緒に寝てくれる絢斗が、来てくれたその日、彼の様子がおかしかった。  熱に浮かされているように息を洩らし、絢斗は苦しそうだった。 「今日…ヤバいかも…。」  一旦、夏央とベッドに入ってから、絢斗はそう言うと、いつもより夏央から距離をとった。 「どうしたの?熱があるの?」  夏央が心配そうに絢斗を覗き込むと、絢斗はぎくりとして夏央を見返し、それから直ぐに目を逸らした。 「いや、…今日のオシゴトで、ちょっとね。」 「お客さんに何かされたの?」  夏央に分かった風な訊き方をされた所為か、絢斗は吐露してしまう。 「そう。なんかされたの。…今日の人、医者でさ。…医療器具とか、薬とか、見た事ないような道具も使ってきて…。ああ…思い出したらヤバい…。ちょっと、トイレ行ってくる!」  絢斗が部屋から出て行ったので、夏央は心配で彼の後を追った。  トイレの扉の前で聞き耳を立てると、中から絢斗の荒い息遣いが洩れ聞こえてきた。思わず夏央は声を掛ける。 「絢斗君、お腹痛いの…?薬、貰って来ようか?」 「…はぁ?何でついて来たんだよ…?違うから、部屋、戻ってろ…。」 「…でも。」 「いいから、戻ってろって…!…あ…もう、手…止まんな…い…!」  トイレの中で、絢斗がどんな状況になってるのか分からないまま、夏央は自室のベッドへ戻った。  それから三十分ほどして戻って来た絢斗は、眠らずに待っていた夏央に、一言、謝罪して布団の中に入った。  電気を消した後、落ち着きを取り戻した風の絢斗が、夏央の耳元で問う。 「俺の仕事が何なのか…分かっちゃった?」  夏央は戸惑いながら答える。 「分かってない、…けど、話だけじゃなくて、…何か別の事もしてるの?」 「そう。…オジサン達相手に、Hな事をしてるの。」  夏央は理解出来ずに、眉を顰めた。 「男同士なのに…?」 「男同士なのに。それで…俺の体にお金が支払われるんだ。」  未知の世界の話に、夏央は体を震わせた。  まだ性的知識が乏しい夏央にとって、キス以上の行為では、男女間における子供を作るという行為しか浮かんで来ない。それを男同士に置き換えての想像は、難しくて出来なかった。  想像がつかない世界は、それだけで怖い気がする。 「誰にも言っちゃいけないよ。これは世間一般でいうと、犯罪なんだから。」 「犯罪…?槐さんが…?」  夏央はショックを受ける。 「ここは特別な場所だから。オジサン達は選ばれた人だけだし、槐さんの敷いたレールに乗って、不幸になった奴は誰もいない。…それだけは言っておく。」  そこまで話した絢斗は、スイッチが切れたように眠りに落ちてしまった。  絢斗から聞いた内容は、その日以来、夏央の頭を占めるようになっていた。  未知の世界が怖いというのは変わらないが、それ以上に興味が湧いて来たのだ。  ある夜、ベッドに入って来た槐の手首に、縛られたような痕があることに夏央は気付いた。  灯りを消す前に、その手首を手に取り、夏央が問おうとすると、槐は直ぐに察したようだった。 「この痕が気になる?」  夏央が頷くと、槐は迷いもなく説明を始めた。 「僕はね、こことは別に、とある場所で、とあるクラブを営んでいるのだけど…。そこで久々にショーに出ることになってね…。」  槐が仕事について語るのは、これが初めての事だった。ただ、明確には伝わって来ない。 「…本来なら僕は経営者だから、表に出ることはないんだけれど、相手が特別なお客様だったから、断れなかったんだ。」  今なら答えてくれそうな槐に、夏央は質問をぶつけてみる。 「ショーって…どんな事するんですか?」  槐は思わせぶりに微笑んだ。 「君はまだ知らなくていいから、教えてあげない。」  やはり一線を引かれてしまった。それでも夏央は食い下がってみる。 「また、それ…。言えないって事は、性的な事なんですよね?」  夏央の指摘に、槐は少し驚いた顔をしたが、再び優しげな表情を維持した。 「君の想像に任せるよ。」  夏央の想像に、限界がある事を踏まえての言葉のようだった。 「いつになったら、色々、教えてくれるんですか?」  夏央は勢いで、前で合わせられただけの槐の寝間着を、(はだ)けさせてしまった。細いロープで縛られたような痕が、よく見ると首や胸にも見受けられる。 「…ごめんなさい。」  謝る夏央の頭を、槐は優しく撫でた。 「これはね、絢斗君も知らない仕事だから…。」  槐は人差し指を、紅い唇の前に立てた。  夏央は自身の体の変化に気付く。いつの間にか下半身が、槐には気付かれてはいけない状態になっていた。  幸い布団の中で、触れなければ分からないだろうと思い、平静を装う。そして灯りをリモコンで消した。 「夏央君は…絢斗君の仕事のことを、どれくらい理解してるの?」  薄闇の中、会話は続けられる。 「…理解はしてません。だけど、いずれ、僕もする事だろうから、知りたいとは思っています。」  槐の問に、躊躇いつつ夏央は答えた。心拍数が上がっていく。 「そう。…無理強いはしないから、安心してていいよ。まだ絢斗君で満足して貰ってるしね。」 「絢斗君、一人なんですか?」 「うん。僕の頃からね…。ここでは会員のお客様達に、一人の少年を飽くまで可愛がってもらう形になってるんだ。」  夏央は衝撃の事実を一度に知った。 「槐さんも…?」 「僕は十三の頃から二十歳を迎える直前くらいまでね。…ここを利用してる人達は、十代の男の子が好きだから、早い子では十八くらいで卒業するんだ。」 「…絢斗君は、もう卒業ですか?」 「絢斗君は今、十八歳だけど、あの子は童顔で小柄だからね、まだまだ現役でいけそうだよ。」 「だけど、そろそろ僕と交代…なんですよね?」  そこで少しだけ間が空いた。 「…君の事は正直、迷ってるんだ。僕と絢斗君は同性愛者だから、抵抗なく、している行為だけど、夏央君は違うでしょう?」 「どう…なのかな?」  夏央は思わず、先程まで隠そうと必死だった、隆起する自身の股の上に、槐の手を導いた。 「困ったな…。」  槐は手を動かすことなく、静かに置いたまま呟いた。 「取り敢えず、数学の公式でも思い出してみようか…?」  多少、期待していた夏央は、がっかりさせられる。その所為か、意地が出て来た。 「僕、多分、出来ますよ。…絢斗君みたいに。」 「本当かな?…それじゃあ、近い内にお披露目されてみる?」  こうして、夏央の仕事デビューが、日程未定で決まったのだった。

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