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10 絢斗 十八歳

 自室の姿見の前で、絢斗(あやと)は丁寧に眉を整える。  スキンケアはしているが、女性のようにメイクはしない為、整える場所は眉くらいになってしまう。因みに髭に関しては、産毛ほどに生えた時点で脱毛しており、それ以来、生えて来きていない。  今年の春から大学生になった絢斗だったが、童顔で身長も一六七センチくらいしかない為、今でも十分に中学生で通用するレベルだ。友人達からですら、可愛い扱いしかされた事がなかい。 「こんな俺でも、永遠に少年ではいられないんだよ…。」  ここでの仕事は、あと二年もないのだと、絢斗は鏡の中の自身に言い聞かせる。  真野(まの)絢斗が十一歳の頃、両親が失踪した。  朝起きると、キッチンには作り掛けの朝食があり、父親がいつも座るダイニングルームの椅子には、スーツの上着が掛けられていた。両親が見当たらない以外は、普通の日常の一コマだった。  直ぐ帰って来るだろう、そう思われる状態のまま、その後、彼らが帰って来ることはなかったのだった。  忽然と姿を消してしまった真野夫妻の件は、警察が介入して事件になり、マスコミにも報道された。  他国の人間に拉致されたとか、計画的な失踪だとか、様々な憶測が飛び交ったが、結局、真相は分からず仕舞いだった。  未だに、絢斗の両親の生死は不明で、何も分かっていない。  独りになった絢斗は、どこか怯えたような視線を向けてくる親戚が嫌で、彼らの世話になるのを断り、自ら養護施設に入る事を選んだ。  順調ではなくなってしまった絢斗の人生だったが、更なる試練が彼を襲った。  絢斗は中学二年になった頃、好きになるのが同性だと気付き、自分はゲイなのだと自覚したのだった。  それを切っ掛けに、施設の仲間達と折り合いが悪くなった絢斗は、半ば逃げ出すように、そこを飛び出してしまった。  夜の街で途方に暮れた絢斗は、男数人に声を掛けられ、何処かへ連れていかれそうになった。恐怖で抗えずにいたら、不意に現れた黒ずくめの少年に手を掴まれ、その場から一緒に逃走させられた。  逃げ延びた先で、改めて少年を見た絢斗は、妙な色気を纏った彼にドキリとさせられた。  彼は篠森(しのもり)駿矢(しゅんや)と名乗り、困っているなら助けてあげると言ってきた。先程の男達よりもマシかと思った絢斗は、彼に着いて行くことにした。  駿矢が電話をすると、小一時間ほどして高級車が迎えに来た。そして辿り着いた先が、蔵木渡(くらきど)(えんじゅ)の館だった。  駿矢はエリート校の二年生でありながら、自身がこの館で男娼(ボーイ)をしていると、絢斗に説明した。  ここで駿矢が相手をしている客達は、十代の男の子が好きな者達ばかりなのだという。彼のような存在は、ここへ来る客のような変態が、公共の場で性犯罪を犯さないようにする為に必要なのだとも言い聞かせる。 「良かったら、俺の跡を継いでみないか?」  絢斗は館の居心地の良さと、駿矢のセールストークにより、ここで働いてみる事を即決した。  それから直ぐに、事情を把握した槐が養護施設に連絡をして、絢斗を預かる手続きをしてくれた。  槐は養護ボランティアとして実績のある人物らしく、すんなりと養護施設から了承の返事が来たようだった。彼の元から、立派な大人へと成長し、自立して巣立っていった少年達が何人かいるらしい。 ――でも、やってる事は犯罪なんだよな…。  絢斗は難関校で有名な汐翠(しおすい)学園の中等部に、転校生といった形で入園することになった。槐が汐翠学園の理事長と知り合いだからだと、駿矢が教えてくれた。  昼間はエリート中学生、夜は男に可愛がられる少年となった絢斗の人生は、また大きく軌道を変えた。  ここは特殊なルールのある娼館だった。  男娼は一人だけ。二十歳未満の少年が求められるので、少年は数年で代替わりする。入れ代わり時期に少年が二人いる期間もあるが、基本的には後から来た少年がセックスを受け入れたら、代替わりが成立する。  少年が主体となり、客は少年の了承を得てから行為に及ぶことが出来る。つまり、拒みたければ、高額な請求をするにも関わらず、少年は触れられる事すら拒めるのだという。  働きたい別の場所がある、そう言っていた駿矢が高等部を卒業した頃、絢斗はその流れで客に体を開くことを許した。こうして代替わりが成立し、絢斗がメインの少年となった。  メインとなって、絢斗は思う処があった。 ――男娼っていうより、複数人に囲われた愛人って感じがするな…。  客達は全て変態だが、社会的には一流の地位を持つ者ばかりだ。時に彼らはセックスだけでなく、一流のステイタスを教えてくれた。  館に三ツ星レストランのシェフを呼んで、ご馳走してくれたり、百貨店の外商を呼んでは、ブランド品の服や靴等、一式買い与えてもくれた。  一流を知ると価値観も変わっていき、底辺の人間にはなりたくなくなる。絢斗は学業も必死で頑張った。  そして現在、絢斗は国立大の経済学部に合格し、キャンパスライフを送っている。  絢斗の後任になるかも知れない夏央(なつお)が、仕事を始めた。と言っても、まだ性的な事は一切していないようで、絢斗の需要は以前と変わらない。 ――夏央には無理かもな…。  そう思いながらも、世代交代は免れられない現実も、絢斗は感じていた。  そんな絢斗は将来設計を二つほど、立てている。  一つは大学をきちんと卒業して、一流企業へ就職する、堅実な人生を歩む道。そして、もう一つは、松城(まつしろ)隆治(りゅうじ)の養子になるという道だ。  高等部三年の三学期始め頃、絢斗は偶然、常連客の一人である、水瓶座さんの正体を知る事が出来た。  汐翠学園では、表舞台に立たない学園長が謎の人で、都市伝説となっていた。学園の創設者にして、学園長、そして理事長という肩書きを持つ人物で、仙人の様な老人だという噂もあれば、まだ若いという噂もあった。  ある日、絢斗の友人の一人が、学園長の正体を探ると言って、ビデオカメラを理事長室近くのトイレ付近に仕掛けた。そもそも生徒が立ち入り禁止になっている一画にあるので、そこが精一杯だったと彼は言った。  主に表舞台に立っている副学園長や清掃の人間、それらを除くと、怪しい人物は三人写っていたという。  絢斗はそれを見せて貰うと、怪しい三人の内の一人が水瓶座さんではないかと、疑いを持った。顔がはっきり写っていない分、逆に彼を連想することが出来た。  水瓶座さんが館を訪れた日、詮索が許されないのを知りつつ、絢斗は思い切って鎌を掛けた。 「いつだったかな?…汐翠の理事長室に通じる廊下を、歩かれていませんでしたか?」 「…詮索はしない約束だよ。」  アイマスクの所為で分かり難いが、ほんの僅かな動揺が水瓶座さんから感じられた。 「分かってます。でも、ボクにとって水瓶座さんは特別な人だから…。ボクの初めての人だし、優しい抱き方も好き。…だから、知りたいんです。汐翠の学園長なんでしょう?」  絢斗は渾身の上目遣いで、水瓶座さんに縋り付いた。反応は上々で、水瓶座さんは絢斗に口付け、抱き締めてきた。そして、あっさりと自白する。 「…近い内に、理事長という肩書きだけに、なろうと思っているんだよ。」 「…いいんですか?教えてしまって。」  逆に動揺してしまった絢斗の目前で、アイマスクが外され、水瓶座さんの素顔が晒された。目力のある黒い瞳が絢斗を見据えてくる。 「君と同様に、私も君に対して、特別な感情を抱いているからだよ。…それで、君は私に何か、要求したい事があるんだろう?」  率直な取引きが持ち掛けられた。  彼の家庭環境を、まだ把握していない絢斗は、大きな掛けに出なければならなかった。 「ボクを…養子にして下さい。」  それを聞いた水瓶座さんは、笑い声を上げた。絢斗は失敗したと思い、唇を噛んだ。しかし、それは杞憂に終わる。 「…私の名は松城隆治。あの松城家の血縁だが、絶縁している。そして妻子もいない。…この件は前向きに検討させて貰うよ。」  絢斗は胸を撫で下ろし、養子の道を強く望んだ。  その一番の理由は、汐翠の理事長が槐と懇意である処にあった。理事長に取り入れば、この先も槐と関わり続ける事が出来るのではないかと、絢斗は想定しているのだ。  絢斗が本当に愛しているのは、館の美しい主である蔵木渡槐。――その人、一人だけだった。

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