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ヘドニアの檻 12 絢斗とエンジュ | 久院万紗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
ヘドニアの檻
12 絢斗とエンジュ
作者:
久院万紗
ビューワー設定
13 / 27
12 絢斗とエンジュ
絢斗
(
あやと
)
の二十歳の誕生日から三日程経った頃、
夏央
(
なつお
)
との代替わりが成立した。 そして絢斗は、娼館の常連客の一人だった、水瓶座さんこと
松城
(
まつしろ
)
隆治
(
りゅうじ
)
の養子となる事が、正式に決まったのだった。 松城の名は地元でも名士として有名で、その名を掲げるグループ会社も複数存在している。
汐翠
(
しおすい
)
学園の理事長である松城隆治は、その松城本家の次男であったが、今は絶縁状態にあるという。 その理由は今のところ、明らかにされていないが、絢斗にとっては、一族のしがらみに干渉される事もなく養子になれたので、好都合でしかなかった。 二日後、館を出て行く絢斗が荷造りをしていると、
槐
(
えんじゅ
)
が手伝いに来てくれた。 最愛の人との二人きりの空間に、絢斗は嬉しさで、感情が爆発しないようにコントロールしなければならなかった。 「本当に…彼で良かったの?」 松城をパートナーに選んだ事を、槐に心配そうに問われると、絢斗の胸は痛んだ。 「ええ。水瓶座さん、…隆治さんとは、それなりに相性いいですし…。」 「そう。…松城さんを宜しくね。」 槐の長く艶やかな髪が、さらりと後ろへ払われた。絢斗は思わず見とれてしまう。 「…あの、槐さん。最後に一つ、お願いを聞いて貰えますか?」 絢斗は改まった言い方をした。槐は段ボールを塞ぐ手を一旦、止めて、笑みを返す。 「最後じゃないでしょ。君が松城さんのパートナーなら、これからも、いつだって会えるだろうし…。」 「でも、ここを出てしまうんだから、今まで通り、毎日顔を合わせるなんて、無理になるでしょう?」 「ここを出る前に、一つだけ願いを聞いて欲しいってこと?」 絢斗は頷くと、意を決して口にする。いつもより真剣な眼差しを向けて。 「…あなたを抱かせて欲しい。」 それに対して、槐はきっぱりと即答する。 「それは叶えられない。」 分かり切っていた答えだった。 「ですよね。…それじゃあ、あなたを撮影してもいいですか?」 絢斗はあっさりと引き下がり、別の願いに差し換えた。 「写真?」 「いえ、ビデオ撮影です。…ドキュメンタリーな感じで、密着取材風に。」 絢斗は最新のビデオカメラを、手に取って見せた。 「密着取材風は困るかも。…やめてっていったら、撮影、やめてくれる?」 妥協案と共に、絢斗の願いは叶えられる事となった。 翌朝、夏央の部屋で、彼と一緒に眠る槐を起こすところから、絢斗は撮影を始めた。 新学期が始まった夏央を学校に送り出してから、槐は再度、自室で睡眠をとる。絢斗はそこで一旦、撮影を中止した。 許可を得ているので、絢斗はずっと傍にいる。 それからきっかり二時間後、女中の一人が、グラスに注がれた赤い飲み物を運んで来た。 「それは…?」 「トマトジュースですよ。…絢斗さんの分は、お持ちしませんでしたけど。」 絢斗の問に、女中は笑顔で答えた。 女中が出て行った後、槐がゆっくりと体を起こした。起き抜けの体に、赤い飲み物を吸収する。 その姿は映画に出て来る、美しい吸血鬼のようで、絢斗は思わずビデオカメラの画面に槐が写っているかを確認した。 「…吸血鬼みたい?」 槐に見透かされたように問われ、絢斗は慌てて否定する。 「いえ、健康的な感じです。」 取り繕った絢斗は、誤魔化すようにインタビューの真似事をする。 「槐さんの美しさの秘訣は…?」 「セックス…って答えじゃダメかな?」 槐から冗談めいた答えが返ってきた。 「そんなに、してそうじゃないですけど…。」 納得出来なさそうな絢斗に、槐は首を傾げてみせた。 「そうか…。君は知らなかったよね。」 何かを決心したような槐が、身支度を始めた。 洗面室から戻った槐が、白いシャツにグレーのスラックスという、いつものスタイルになり、腰近くまである髪を後ろで一つに纏めた。そして、撮影し続ける絢斗に声を掛ける。 「ついて来て。」 槐は館の一階まで行くと、絢斗があまり立ち入らない、納戸と思われていた場所の扉を開けた。 そこには地下へ続く階段があった。ここからは土足だと言われ、部屋履きから、女中が持ってきてくれた靴に履き替え、二人は下へ降りていく。 蝋燭を模した形のセンサー式ライトが、次々と点灯していくが、薄暗く、ホラー映画宛らな感じだ。 「ここはね、岩山の洞窟だった所を利用して、作ってあるんだ。」 途中、槐が説明してくれた。館の地下通路は、何処かへ続いているようだ。 見取り図にしてみれば単純な構造かも知れないが、実際に歩いてみると、感覚を狂わされる。お化け屋敷の迷路ほど複雑ではないにしても、今、館のどの位置にいるのか、把握出来なかった。 「ここから先は、もう館の地下じゃないんだよ。」 槐は辿り着いた扉の鍵を開け、先程の通路よりも暗い室内へと入って行く。 その先の狭い通路を抜けると、スポットライトの当たる怪しげな舞台が、数メートル下に浮かび上がった。 絢斗達がいる場所は、舞台装置を管理している部屋のようだ。 窓越しに見下ろすと、舞台下には仮面を付けた数十人の客達が着席しており、時折、札が挙げられている。 そして舞台には、透き通るような肌の青年が、黒革のベルトのみで装飾され、天井から垂れ下がる幾つかのロープによって吊るされている。 「…
駿矢
(
しゅんや
)
君!?」 絢斗は舞台上の青年が、見知った顔なのにショックを受け、撮影を中止した。 オークション形式になっているのか、札で権利を勝ち取ったような仮面の客が、舞台へ上がって来た。 仮面のスタッフが横に立ち、幾つかの器具が並ぶトレイを客に差し出している。 客はブジーと呼ばれる細い金属を選び、駿矢の尿道に差し込んでいった。 駿矢から悲鳴のような声が上がり、絢斗は顔を蒼白にさせた。
――
駿矢君がしたい仕事って、こんな事だったの…? 目を疑う光景だったが、よく見ると、駿矢の顔は恍惚としている。 「驚いた?…ここは僕のもう一つのビジネスの場所。松城さんが開いた、サディストが集まるクラブ。」 槐の言葉に、絢斗は耳を疑った。 「隆治さんが…?」 「そう、そして僕がオーナーを引き継いだ。それから、つい最近、…三ヶ月くらい前になるかな。駿矢君に譲ったから、今は彼がオーナーなんだよ。」 「オーナーなのに、あんな事…。」 舞台上では、客がもう一人上がってきて、二人掛かりで駿矢を激しく犯し始めた。 「駿矢君は酷くされるのが、好きなんだ。…美しいものを穢したいという人々も存在していて、このクラブは成り立ってる。」 そして更に衝撃的な言葉を、槐が口にする。 「僕もね、時々…駿矢君のように、あの場所で縛られたり、複数の人に酷く犯されたりしてるんだよ。」 嘘だと叫びたかった絢斗だったが、妖しい雰囲気に纏わりつかれ、容易に想像出来てしまった。 槐は誰でも受け入れる。だとしたら、やはり絢斗は納得が出来なくなってしまう。 「それなら、どうして俺は…槐さんを抱いたらダメなんですか?」 切実な思いを絢斗がぶつけると、槐は優しく彼の頬を撫でた。 「君には…雄は似合わないから。」 館へ戻ると、まだ日が高く、熱い夏の景色が窓の向こうに広がっていた。 先程の光景が、夢か幻だったかのように思えてくる。 絢斗はビデオ撮影を再開した。 槐は部屋へ戻ると、PCに向かい作業を始めた。画面には株価チャートが表示されている。 「もしかして、デイトレードですか?」 「専門家じゃないし、大した投資はしてないけどね。」 この短時間で、槐の知られざる部分が明らかになっていき、絢斗は心を震わせた。 でも、まだ知らない秘密が、多く存在していそうだ。 館の地下あった幾つかの扉も、そこに何があるのか、まだ謎のままだ。 それよりも、予てから訊きたかった事が、絢斗にはあった。 「…槐さんは、好きな人はいますか?」 不意な問に、槐の動きが一瞬、止まった。それから彼は立ち上がり、窓際へ移動すると、何処か一点を見つめていたようだったが、徐ろに絢斗に視線を移した。その瞳から突如、涙が溢れ出す。 「…僕はね、生涯で一人だけの人を、愛し続けているんだ。」 そう答えた槐の両頬は、零れ落ちる涙で濡れていく。その事に彼自身は、気付いていないように見えた。 「ご免なさい、俺…。」 絢斗が狼狽えると、槐は首を傾げる。 「どうして謝るの?」 やがて槐は、自身の涙に気付いた。 「涙って、枯れないものだね…。」 槐の涙に、愛し続けているのに、彼は報われていないのだと、絢斗は察する。 「槐さん…!」 絢斗はカメラを下ろすと、思わず槐を引き寄せ、彼の唇を奪った。最初、驚いたようにしていた槐だったが、すんなりと口付けを受け入れ、逆に積極的に舌を絡ませてきた。 槐の方が背が高いこともあるが、絢斗は一転して受け身になってしまった。
――
攻め、失格…。 失意の念を感じながらも、甘い感覚に、絢斗は魂を抜かれたようになり、遂には意識が飛んでしまった。 そして気が付くと、絢斗は見慣れた自室のベッドの上に横たわっていた。 はっとして起き上がった絢斗は、サイドボードに置かれてあったビデオカメラに、素早く手を伸ばした。 撮影した映像が、ちゃんと残されているか気になったからだった。 確認すると、嫌な予感は外れ、ちゃんと槐の姿は撮影出来ていた。 絢斗は安堵の吐息を洩らす。 顔を綻ばせながら、映像の中の槐の美しさをを堪能していると、最新式のカメラで撮影したにも拘らず、時折、ノイズが走ったり、変な光が射し込んだりしていた。 そしてよく見ると、時折、槐の瞳は不自然に青く光っている。
――
…これって超常現象? 絢斗は怪訝な表情で、カメラの映像を凝視した。
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久院万紗
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