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13 夏央 十六歳~前編~

 夏央(なつお)が高等部二年の、二学期始めの頃の事だった。  午後の授業開始十五分前に、担任の教師が彼を呼び出し、職員室近くの応接室に行くように言ってきた。  優れない表情で応接室の扉の前まで行くと、副学園長が立っていて、彼の父親が来ている事を告げた。  事前に松城(まつしろ)理事長から連絡を受けていたので、夏央は特に驚きもせず、覚悟だけをして一人、応接室に入る。  カーペットの敷かれた、そこそこ広い応接室のソファに、約四年振りの再会となる父親が座って待っていた。  スーツ姿に整えられた頭髪といったスタイル以外は、最後に会った時と大して変わっていない。  応接室で父親と二人きりというシチュエーションは、夏央にフラッシュバックを与えた。  テーブルを挟み、父親の正面のソファに夏央が腰を下ろすと、父親が口を開いた。 「大きくなったな。…元気にしていたか?」  夏央は全ての感情を押し殺す努力をした。 「今更、何しに来られたんですか?」  父の方も、なるべく感情的にならないように、気を付けているようだった。 「遅くなってしまったが、迎えに来たんだよ。松城さんとやっと連絡が取れて…。お前を返して貰うように頼み込んだんだ。」  夏央がまだ小学生の頃、汐翠(しおすい)学園の経営者である松城が、直々に受験を勧めに来たのを切っ掛けに、二人は知り合ったのだという。 「今はこの学園で、優秀な成績を修めているそうじゃないか。お前を本当に誇りに思うよ。お前は俺の立派な跡取りだ。」  父は夏央を汐翠学園の寮で生活させていると、周囲の人間に説明しているようだった。  松城は事前に父と話し、彼の処遇は息子である夏央に任せる事を決めたと言っていた。 「跡取り?随分、勝手なことを言うんですね。お金と引き換えに返して貰おうなんて。…僕の事、ちゃんと一人の人間に見えていますか?」  夏央に冷たい視線を送られ、父は項垂れた。 「お前を売ってしまった事は、本当に親としてあるまじき行為だったと、恥じているよ。本当に申し訳なかった。…俺は一時期、お前が本当の息子ではないと思っていたんだ。お前の母親の由岐子(ゆきこ)が、会社の金を持ち逃げした件もあって、DNA鑑定の結果を待たずして、お前を手離してしまった。」  父はゆっくりと目線を上げる。 「…結果はちゃんと、俺の実の息子だったよ。」  まざまざと過去の経緯を思い出した夏央は、険しい表情になった。 「それじゃあ、どうして、直ぐに連れ戻してくれなかったんですか?…お金を工面する努力をしなかったんでしょう?」 「その頃、興信所二社に由岐子を捜索させていて、そっちに資金を回さなければならなかったんだ。」 「それだけじゃないでしょう?…実の息子と分かったところで、母への当てつけという気持ちは消えなかったんじゃないですか?」  見透かしたような物言いの夏央に、父は愕然とした表情になった。 「お前は、俺のもとへ帰って来たくないのか?」  夏央は溜息を吐いて見せる。 「僕の今の生活を知ってます?僕はリッチな男の人達、複数人に可愛がられているんですよ。僕にただ会うだけで、三万円。一時間の拘束で五万円。プレイによっては更に追加の五万円が請求される。」  父は耳を疑った。 「男娼のような事を…しているのか?」 「ええ、自分の意思で。…そもそも売られた子供の末路なんて、想像すると、そんなものだと思うんですけど。…松城さんに聞いてなかったんですか?」  成長した息子の色香を感じ取り、父は息子が真実を語っているのだと察した。 「聞いてない!…未成年で、そんな事をして、世間に知れたらどうなる?」 「子供を売ったあなたに、責める権利はないですよ。因みに、その事を口外すると、あなたの会社を潰します。」  父が予想もしていなかった言葉だった。 「お前にそんな事が…。」 「出来ますよ。僕には、そういう伝手があるんです。…だから、もう、僕には関わらないって、約束して下さい。」  父は顔色を悪くする。夏央の言う伝手というのは、彼を買っている客の事なのだろうと推測した。それから脳裏に松城の顔を過らせると、地元でも有名な松城グループが関わっているのだと思い、大手企業の役員や政治家等も夏央の客なのかも知れないと想像する。だとしたら、彼が営む小さな鉄工所など、容易く潰されてしまうだろう。 ――もう、この子は、俺の知っている息子ではない…。  暫しの沈黙の後、父は諦めの境地に陥った。 「…分かった。」  扉の向こうから、午後の授業が始まったチャイムの音が、小さく聞こえた。  帰ろうと立ち上がった父に、夏央が声を掛ける。 「ひとつだけ、質問が…。」 「なんだ?」  父の死んだような目を気に掛けない素振りで、夏央は問う。 「母は見つかったのですか?」 「見つかったよ。…以前、うちの遺産相続の際に来ていた若い弁護士と、素性を変えて結婚していた。…今の名前は暮林(くればやし)瑤子(ようこ)。意外にも、そう遠くへは行っていなかった。」  淡々と父は、隠すことなく答えた。 「…そうですか。それで、お金は返して貰えたんですか?」 「いや、会ってはいないからな。」  それを最後の言葉に、父は歩き出す。  とぼとぼと帰って行く、父の後ろ姿を見つめながら、夏央は情けなさと哀しさで胸が一杯になった。 ――結局、あの人は逃げてばかりの、弱い人だったんだな…。

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