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14 夏央 十六歳~後編~

 父親に聞いた母親の今の名前から、夏央(なつお)は弁護士である蠍座さんの協力を仰ぎ、彼女の所在を突き止めた。  夏央とその父を捨てた母親は、新しい戸籍を手に入れ、自分よりも五歳年下の弁護士と結婚しているという。  弁護士の名は暮林(くればやし)良亮(りょうすけ)。現在、三十六歳で、報告書に添付された写真は、中々の優男だった。  母親が彼に惹かれた一番の理由は、容姿だったのかも知れない、と夏央は心裡で呟く。 「この暮林良亮って人、ここにゲストで呼べませんか…?」  蠍座さんが客として訪れた時、夏央は強請るように聞いてみた。蠍座さんの目が、アイマスク越しに瞬いたようだった。それから彼は、揶揄するような笑みを見せた。 「君のお母さんの…今の夫と、寝てみたいってこと?」  指摘をされると、夏央は目線を下げた。 「僕の事情は、もうご存知でしょう?…ここの主が父に支払ったお金は、母が父の会社から盗んだお金なんです。だから…。」 「彼に返して貰う?」 「…はい。彼を落とせるかは、分からないですけど。」  蠍座さんは夏央の顎を持ち上げ、目線を上げさせた。そして先程の笑みを消し、愛おしむような目で夏央を見つめた。 「私はお勧めしないな…。君ほどのレベルの少年が、身を切る真似をするなんて…。君は特別で、特別な私達しか手が出せない存在なんだよ…。復讐したいなら、私が手を回してあげようか?」  夏央は儚げに微笑む。 「有難うございます。でも、彼にも会ってみたいですし…。」  夏央の意志が変わらないのを察した蠍座さんは、頷くとスマートフォンを確認した。 「…分かったよ。…近い内に県の弁護士会がある。その時に彼と接触を図ってみよう。…水瓶座さんも通うのをやめてしまわれたしね。彼が問題の無い人間なら、常連に引き上げてみてもいいかも知れないね。」  蠍座さんの言う通り、常連客の一人だった水瓶座さんは絢斗(あやと)と養子縁組してから、ここへ客として訪れる事はなくなっていた。  ここの常連客も、人知れず入れ替わっていくのだ。  それから十日ほどが経ち、蠍座さんが暮林を連れて来るとの連絡が入った。  彼がノーマルな性的嗜好者である為、女装をしてみたらいいと蠍座さんからアドバイスを受け、夏央はそれに従うことにした。  来館当日、夏央は令嬢風の清楚なワンピース姿で、黒髪ロングのウィッグをつけた。特にメイクはしていない。  すらりとした長身になってしまった夏央だったが、その顔はまだ幼さが残っており、女の子として申し分なかった。 ――きっと、大丈夫。僕は…両親のどちらにも似ていないから。  夏央は鏡の中の自分を見つめ、心をなるべく鎮めさせた。  館の二階にある、豪奢なリビングルームといった部屋へ赴くと、夏央は扉を開ける前に聞き耳を立てた。 「あの、私は…男の子は考えた事のない人間で…。」  往生際の悪い暮林が、蠍座さんに訴えているようだった。  夏央はノックをして、中へ入った。そしてアイマスクを着けた、二人の来客に微笑みかける。  その瞬間、明らかに暮林が息を呑んだのが分かった。 「本当に男の子かって、驚いてるね?」  蠍座さんの声にも答えられないほどに、暮林は夏央に見入っているようだった。  夏央はなるべくソフトな声を出す。 「初めまして、夏央です。…ゲストの魚座さんですよね?他の呼び方にも変えられますけど、どうされますか?」 「うん?ああ…それでいいよ…。」  やっと我に返った暮林が、慣れないであろう、ゲスト用のシンプルな黒いアイマスクを、何故か両手で確認しながら返事をした。赤面し、動揺した表情を隠そうとしたのかも知れない。 「綺麗な子だろう?女の子でも、これ程の子は中々いないと思うよ。」  蠍座さんは夏央の肩を抱くと、五人がゆったり座れるほどのソファの中央に座った。そしてテーブルを挟んで対面する二人掛けソファの一つに、暮林に座るように手で指示をする。 「魚座さんは今日は見学、…だけでいいんですか?」  夏央が確認するように問うと、暮林は答えずに俯いた。そんな彼を半ば無視して、蠍座さんが進行に移る。 「さあ、夏央君、始めようか…。今日は君にリードして貰いたいけど、どうかな…?」 「分かりました。」  夏央は軽く蠍座さんの頬にキスをすると、彼の股の間に入った。そして、音を立てて口淫を始める。 「…今日は、君の口の中に…出させるのかな…?」  淫らな息遣いの中、口淫を止められた夏央は、徐に立ち上がると、片足をソファの上に上げた。白く艶やかな生足が露になる。 「いいえ、ここに…。」  夏央は蠍座さんの方に体を傾け、彼の手をスカートの中へ導き、後ろを探らせた。そこで彼の指が何かに触れたようだった。 「それ…抜いて下さい…。」  夏央の指示のまま、蠍座さんが抜き取ったそれを、暮林に見せた。それはローションで照付くアナルプラグだった。  そして夏央が蠍座さんに跨り、腰を落とすと、二人同時に熱い吐息を洩らした。  着衣のまま上下する結合部を、暮林に見せるように、蠍座さんが秘かに夏央のスカートを捲った。  暮林はその部分から、目が離せなくなる。不自然な行為の筈なのに、夏央のそこは当たり前のように男根を咥えこみ、快感を貪っているようだった。  やがて蠍座さんが極まり、彼は夏央の中に吐精したが、夏央は達してはいないようだった。  暮林の熱くなった下半身の状況を、蠍座さんが察知する。 「…君も参加したくなったんじゃないか?」 「は…はい。ですが…。」 「…してもしなくても、料金は変わらないんだよ。いいのかい?」  その言葉で、意を決したように暮林は立ち上がった。それを一瞥した夏央は、暮林が損得勘定で動く人間なのだと推測する。 「したかったら、夏央君に許可を取りなさい…。」  ここのルールを蠍座さんが示唆した。 「はい。…私も、夏央君を抱きたい。…抱かせて下さい。」  そう言われた夏央は、柔らかな表情で暮林へと近付いた。 「じゃあ、今直ぐ、その固くなってるヤツ、僕の中に…()れてくれますか?」  暮林の横を通り過ぎた夏央は、二人掛けソファのアーム部分に凭れ掛かり、腰を大きく突き出した。 「スカート…捲ってもいい?」 「どうぞ。…でも、全部見えたら萎えるのでは…?」 「いや…萎えそうにないよ。…全部、見たいくらいだ!」  暮林は夏央の腰を掴むと、宛がったものをゆっくりと滑り込ませてきた。 「ご免ね。平均より長い方だから、辛くない?」 「大丈夫…です。あ、奥!なんか…凄い…!」  不覚にも、夏央は電気が走るような快楽を与えられてしまった。ビクビクとする夏央の体の反応に、暮林は夢中になり、腰を打ち付ける。 「ああ、夏央君、君は最高だ!」  暮林はあっけなく夏央に落ちた。  その日から暮林は”魚座さん”として、館を訪れるようになった。  二回目以降からは、夏央は女装することなく、そのままの姿で暮林に抱かれた。彼は色々追及するタイプらしく、必ず夏央を奥で達かせるように、手管を弄してくるのだった。  そして早々に彼は、常連になる決意をしたのか、自分専用のアイマスクを準備したようだった。そのアイマスクは白いメンフクロウを模している。  暮林の住む自宅からこの館まで、高速道路を使っても、約二時間近く掛かる。  それでも欠かさず、彼は週に一度、夏央を求めに来るのだった。  何度か彼と肌を合わせている内に、夏央は幾つかの情報を得ることが出来た。 「妻とは…成り行きで結婚したんだ。…それが無かったら、多分、結婚はしなかったかな。」  その言葉から、夏央はその当時、大金が必要だったのは、暮林の方だったのではないかと推測した。そうなると、母に横領させた主犯は、暮林だという見方が強まっていく。 「…子供はいないよ。妻が子供嫌いでね。…まあ、好きだったとしても、妻は俺より年上だからね。出来なくても当然だと思ってるよ。」  それに関しては、母の子供嫌いという言葉に納得させられ、子供がいないという処で、自分に異父兄弟が存在していない事に夏央は安心させられた。 「…もう、帰っちゃうの?」  二人で横たわるベッドの中、既に二時間が経過しているが、夏央は引き留めようとする。 「うん…、そうだね。…やっぱり、もう一時間、延長しようかな…?」 「嬉しい…。」 「延長も五万だったよね?その際のセックスは有りだよね?」  夏央が頷くと、暮林は早急に体を求めて来た。 ――ああ、絶倫って…最悪…!  行為の後、ぐったりした夏央を暮林は優しく抱き寄せる。 「僕はね、風俗に通ってるとか、そういう感覚は一切ないんだ。だから、ここのバカ高い料金も…君の助けになれれば、それでいいと思ってる。」  暮林は夏央の事を、借金苦の苦学生と思っているらしかった。  延長したら、お金を払う分のプレイを求めるくせに、と夏央は内心、失笑する。 「セックスしなくても…いいって事?」 「それは…したいけど。でも、君が無理な時は…一緒に居られるだけでいいんだ。」 「なんだか僕達、…疑似恋愛してるみたいですね。今だけは、魚座さんの恋人になった気分…。」 「…夏央君、可愛い!可愛すぎるよ!」  暮林が帰った後、夏央は必ずトイレで吐く。  胃の中が空っぽでも、吐き気が込み上げてくるのだ。  自分の母親の男に抱かれるといった愚行が、それを催させるのだと夏央は理解している。  苦しさで、当初の目的も薄れて行きつつあった。 ――こんなお金、槐さんはいらないって言うのに…。 ――いつまで続ける? ――いい加減、変な意地を張る癖、やめないとな…。 ――ああ…、いっその事、母にバラしてしまおうか…。  結局、暮林との関係は明るみに出る事はなく、彼が翌年、交通事故死するまで、それは続いた。

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