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15 アンヘドニアの憂鬱~前編~
十一月になり、冬支度が本格的になっていく頃、音羽 透 は大学のサークル同士の会合に参加させられていた。
定員数五十名というレンタルシアタールームを借り、総勢四十名ほどが、そこで顔を合わせる。
透が通う私大のマルチメディア研究部は、創設者が女性らしく、比較的、女子の数が充実したサークルだった。その所為か、他校のサークルからよく声を掛けられている。今回の相手は国立大の映画研究会で、そちらは圧倒的に男の数が多かった。
それぞれのサークルの幹事が取り仕切り、大学祭やコンテストで発表した、ショートフィルム等の作品を大型スクリーンに映し出した。鑑賞後、作品の解説を行い、感想や意見が全員に求められる。
音羽透は自分の容姿に自信のある人間だった。
初めて会う女子の視線は、今日も間違いなく自分を品定めしていると確信する。
透は気安く話し掛けられないように、クールな印象を保つ努力をした。今の彼は、女の子に言い寄られる事が苦痛でしかないのだ。
そんな思いの中、透は隣に座る女の子が、別の誰かに意識を持っていかれていることに気が付いた。
透を見ない女子達は、みんなその誰かに向いているようだった。
彼女達の視線の的になっているのは、ブランド物をさり気なく着こなしている、童顔の、所謂可愛い系の青年だった。小柄だが、均整のとれたスタイルをしており、猫のような瞳は薄茶でキラキラと輝いている。全体的に柔和で、透とは対照的と言えた。
――子猫ちゃんな顔してるけど、草食動物っぽくもあるな。まあ、どっちでも俺には関係ないけど…。
透は彼を観察した後、そう、評価した。
「…今回のボク達の作品なんですけど、元ネタはスウェーデンの『モールス』って小説なんです。スウェーデンで映画化もされてるんですけど…。」
その彼が映画について語り始めた。顔に似合った甘めのトーンだ。
「それなら知ってる!確か、ハリウッドでもリメイクされてて、クロエ・グレース・モレッツがヴァンパイアの少女役、やってましたよね?」
透の後輩に当たる女の子が、得意気に口を挟んだ。
「あれは…、原作ファンからすると、がっかりさせられましたよ。そもそもクロエ使ってる時点で、ニュアンス変わっちゃってますからね。」
彼の答えに、映画研究会の面々が頷いた。
「スウェーデン版の映画は一応、原作に忠実に作ってあるんですよ。でも日本で上映されたものには、肝心な処にボカシが入ってしまってて、邦題も間違ったタイトルになってしまってるんです…。」
「どういう事…?」
「クロエが演じたヴァンパイアは、スウェーデン版でも女の子が演じてますけど、実は男の子なんですよ。原作のエリはエライアスという去勢された少年で、少女みたいな見た目をしている。…スウェーデン版を日本で上映した時、邦題を『ぼくのエリ~二百歳の少女~』にして、エリの去勢された股間が映る場面に、ボカシを入れてしまってるから、観た人にエリが少年である事は伝わらない。どうして少女って事にしちゃったのか…。権限を疑ってしまいます。」
「…映倫あるし、ボーイ・ミーツ・ガールの方が受けがいいからじゃないのか?…っていうか、君はホモ推奨なの?」
こう突っ込んだのは、透と同じ学部でもある男の先輩だった。彼は百合好きらしいのだが、男同士に関しては全力で否定するのが常だった。
一気に場の空気が、セクシャルマイノリティに厳しい色合いに染まる。
「いえ、ボクはただ、原作に忠実に作ったものを、邦題や和訳の際に解釈変えてしまうのは、どうかと思ってるだけです。」
真っ直ぐな答えが帰ってくると、あちこちで安心したような吐息が洩れ、その場に満ち溢れたようだった。
透は一人だけ、違う溜息を人知れず吐く。
その時、子猫ちゃんな彼と目が合ってしまった。思わず慌てて目を逸らした透だったが、もう一度彼の方を見ると、にこりと微笑まれてしまった。
一通り予定を熟すと、シアタールームのレンタル時間、終了間近になっていた。
気付けば全員、二次会について話し合っている。それを見ない振りして、透はコートとショルダーバッグを手にすると、目立たないようにして席を立った。
部屋を出てからコートを羽織ると、少し迷った末、透は男子トイレに入った。そして二つある個室の内の一つに入る。
暫くすると、会話をしながら誰かが入って来た。
「あの王子様の情報、見た?経済学部だってさ。あそこで経済学部っていったら、偏差値七十超えだろ?…あの顔でチートだよな!」
「何だよ、王子様って!真野 君って子だろ?そもそも汐翠 の出身らしいじゃないか。一学年、定員三百人の超難関校だし、それなら納得だろ?」
聞き覚えのある声に、透は友人二人の顔を思い浮かべた。話の内容から、子猫ちゃんな彼の事を話しているのではないかと推測する。
スマートフォン禁止になっていた筈だったが、メッセージが飛び交っていたのだろう。それを情報源に話しているようだ。
「…でもさ、映研の女の子の意見だと、あれは観賞用だってさ。彼氏にはちょっと…ってやつ?」
「ああ、すっぴん比べだと、何気に一番可愛いかも知れないしな…。」
「何、お前、ソッチも有りなヤツ?」
「違うって!俺は巨乳眼鏡っコの三田さん狙いです!」
出るタイミングを計り兼ねた透は、思い切って扉を開けた。驚いた顔をしている二人を一瞥して、手を洗う。
「あれ、透君。…個室から登場って、びっくりだな!」
「俺は常に個室派なの!…あのさ、俺、帰るわ。」
透は全ての事に興味がないといった素振りで、その場を後にした。
エレベーターではなく、階段を選んで降りようとした時、透の肘を誰かが引っ張った。
「…もしかして、帰っちゃうの?」
先程、友人達の話題になっていた、『真野君』だった。
身長差の所為で上目遣いになっている真野を、透は不覚にも可愛いと思ってしまう。
「確実に合コンの流れになってるしな…。安酒呷 る気分じゃないし、…俺は彼女とか要らないからね。」
そう言って階段を降り始めると、真野も付いて来た。
「よかったらさ、ボクも一緒にいい?」
真野の醸し出す雰囲気に、透はある疑いを持った。
「…もしかして、誘ってる?でもさ、…俺はネコしかやんないよ。」
相手の反応次第では、冗談だと誤魔化せばいい。そう思って、透は真野の耳元でカミングアウトしてみた。
すると、意外な反応が返って来る。
「いいよ。…寧ろ、願ってもない話だよ。」
交渉成立と言わんばかりに、真野は透の腕に手を回した。
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