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16 アンヘドニアの憂鬱~後編~
――おいおい、本気か…?
サークル同士の合コンに突入する前に、その場を出て来た透 だったが、その日、人気ナンバーワンだったと思われる男子一名を、お持ち帰りする事になってしまった。
透が性的嗜好を冗談交じりに告白してみた処、彼は透を抱きたいと言い、特に決まった相手もいなかった透は、迷いながらも彼の同行を許可してしまったのだった。
取り敢えず二人は、友人達に見つからないように、サークルの会合が合った場所から離れる為に電車に乗った。午後四時を過ぎたところだが、休日という事もあって、車内は混み合っている。
人に押され、二人は向かい合った状態で、電車に揺られた。
「黒髪、いいね。」
恐らく真野 という名らしい彼が、透の髪の色を褒めて来た。透としては、他にもっと褒める場所があるだろうと思う。
「就活の関係でね。…ってか、タメ口?俺、三年なんだけど。」
そういうと、真野は少しムッとした顔をしてみせた。
「自己紹介、聞いてなかったんだね。…ボクも三年なんだけど。じゃあ、名前も分からない?」
勝手に年下だと思っていた透は、軽く謝り、名前に関しては知らない振りをした。
「あ、そう。ボクは知ってるけどね。音羽 透君!」
フルネームを呼ばれ、少し分が悪い気がした透だったが、敢えて彼の名前を聞かない事にした。
電車が揺れ、真野が透の胸に倒れ掛かって来た。間近で目が合う。
「目、カラコンじゃないんだな…。」
薄茶の大きな瞳が裸眼だと気付いた透は、半ば独り言のように呟いた。それに彼は即答する。
「そういうの、好きじゃないから。あれは女の子を可愛く見せるアイテムだよ。…一応、綺麗に見える努力はしてるけど、メイクで誤魔化すとかは、しない派なんだ。」
三駅目で電車を降りると、透は再度、確認してみる事にした。
「…お前、本当に俺を抱けんの?」
「抱けるよ…。」
真野は男前な表情を作って返した。
透は溜息混じりに、何度か利用した事のあるラブホテルに向かって歩き出す。その間、何処か探り合いの会話となった。
「お前、身長一六五ないだろ?俺は因みに一七六センチ。」
「ギリ、あるよ!…背が低かったら攻め失格とかないでしょ?」
「一般判定的に、お前の方が受け感が強い。…そういや、汐翠 出身なんだってな。汐翠って、全寮制の男子校なんだろう?そこで男に目覚めたって感じ?」
「あれ?そういう情報は知ってるんだ?…全寮制ってのは違うよ。ボクは自宅から通ってたし。」
「ああ、高級車で送迎?見るからに、苦労知らずの、お坊ちゃんって感じだもんな…。」
「…そうでもないよ。両親が十一歳の時、失踪して、十四までは養護施設暮らしだったんだけど、そこ脱走してから、…ここだけの話、男娼やって生きて来たんだ。…大学は自分で働いた金で行ってるんだよ。」
「は?…そんな話、信じると思う?」
「普通じゃない話は、まあ、信じられないよね。」
真野の悪戯っ子のような笑みを見て、透は先程の話を信じない事にした。
「…音羽君は女の子とも経験、有りそうだよね。」
「あるよ。…ってか、最近までノンケだったし。」
「へぇ、…男に無理矢理、メス惰ちさせられた?」
「無理矢理っていうか…流れっていうか。去年の夏休み、バイト先の人の家に泊まったら、後ろ開発されちゃってさ。…今では、抱く側は無理になったかもな。」
「へぇ、突っ込む方って、あんまり良くないの?」
「お前、もしかして童貞?」
透の怪訝そうな問いに、悪びれた様子もなく真野は肯定した。
「序でに言うと、ラブホに入るのも初体験だよ。」
透は大きな溜息を吐くと、持論を展開する。
「…抱いてやる方ってのはさ、女しか経験ないけど、好きな時にイけないんだよ。先にイッたら早漏とか思われるし、相手をイかせてやらないと下手だって判断される。とにかく気を遣う事が多過ぎて、…楽しめてなかったんだよな。でも、受け側はマグロになってても、いいワケだろ?…至れり尽くせりで、イイトコ擦って貰って、射精待ちになってればいいんだし。」
そう言った直後、真野から冷たい視線が送られた気がした。それを確認しようと見つめると、甘い笑顔が返ってきた。
「…音羽君って、受けの時は奉仕は一切しない人?」
「相手が強要しない限りはね。」
「えー、でもさ、ペニスって、目の前にあったら、咥えたり、舐めたりしたくならない?」
「なんねーよ!」
「ふぅん。…まあ、別にいいけど。」
目的地に辿り着くと、二人は人目を気にしつつ、六階建てビルタイプのラブホテルの中に入った。
無人の受付で、部屋を選択するパネルを見ると、金額が一番高い部屋か、安い部屋の二部屋しか空いておらず、透が安い部屋を選択しようとしたら、真野に割高な部屋のボタンを押されてしまった。
「…おい!」
「いいでしょ?奢るからさ!」
六階まで上がり、インペリアルスイートなる部屋へ入る。見るからに広々とした、贅沢な空間が広がっていた。
「後ろ、準備してくる?…手伝おうか?」
ラブホテルなど、初めてだと言っていた真野だったが、落ち着いた雰囲気で訊いてくる。
「いや、いいよ。」
お互い、準備を終えた時点でベッドに上がる。ベッドは普通にダブルサイズだ。
裸体を晒した真野は小柄な上に華奢で、はっきり見える状況でないと、少女と間違えてしまいそうな体付きをしている。そして、まだ何の反応も起きていない股間周辺に着目した透は、思わず声を上げる。
「わ…!お前、つるつるなの?」
「後ろの穴までバッチリだよ!」
「見せなくていいから…。」
透が引いて見せた後、真野が急に距離を詰めて押し倒してきた。
「音羽君はキスしたい人?」
「いや、無しでいい…。」
「何処が…イイ場所か、教えてね。」
真野は透の首筋や鎖骨に唇を這わせ、赤い舌を尖らせて乳首を刺激してきた。
「嫌だ…!そこは…!」
「えー!?わかってないなぁ…。」
透が拒むと、真野は下半身への愛撫に移行してくれた。彼は陰茎だけでなく、陰嚢部分まで丁寧に舌を這わせてくる。そして後ろへ辿り着いた舌は、内側にまで入り込み刺激してきた。
「ああ、やべぇ…。子供相手に犯されてるみたいだ…。」
「失礼だな。子供はこんなテク、持ってないから。」
透は羞恥やプライドすらも、どうでもよくなってしまうと、嬌声を上げ始めた。
「…や、あ…ん、そこ、マジ…気持ちいい…!」
いつの間にか、透の後孔は備品のローションで濡らされ、気が付くと、指三本分がスムーズに動ける程に拡げられていたようだった。
――早く、ホンモノ、挿 れてくれよ…!
そう願った瞬間、真野は項垂れて呟く。
「ご免、勃たないや…。」
透は耳を疑った。
「本当…ご免…!」
真野は再度、謝ると、透の熱く隆起するものに、素早くコンドームを装着した。そして、それを自身の下半身で咥えこんでいく。
「あ…!お前、急に…!」
状況の変化に目を白黒させていた透だったが、次第に真野の中の熱に、全てを持っていかれた。そして健気にも見える、彼の上下する動きで、直ぐに達してしまっていた。
ふと、我に返ったような真野が結合を解き、透から逃げるように離れようとした。
「…もう、帰る。」
透はその腕を咄嗟に掴むと、彼をベッドに俯せに押し倒した。透を雄の感情が支配する。
「もう一回、ヤらせて。」
「イヤだ!もうシない!…放せって!…ああッ!」
抵抗を見せる真野を強姦まがいに背後から犯し、透は自制出来ないままに彼を何度も突き上げ、そして彼の中に、熱い精を放った。
シャワーを浴びてから、身支度を始めた真野に、透は声を掛ける。
「お前、真野って名前だったよな?」
服を着込んでいきながら、真野はチラリとも透を見ずに答える。
「違うよ。今は名字、変わってる。…面倒臭いから、周りには旧姓呼びさせてるだけ。」
「じゃあ、何て名前?…フルネーム、教えてよ。」
まだ上半身裸の透が、近付いて抱き締めようとした瞬間、彼は冷たく払い除けるようにして身を躱した。
「今更、名乗る必要ある?…俺達に、次はないんだからさ。」
一人称が「俺」に変わり、冷たい微笑を浮かべた彼は、サイドボードに一万円札を叩きつけると、透を残して部屋を出て行ってしまった。
一人、ホテルを出た真野こと、松城 絢斗 は、肩を落とし、悲し気に深い溜息を吐いた。
辺りは、すっかり夜の雰囲気となり、寒さも増している。
――結婚してるも同然なのに、俺、何やってるんだろう…。
パートナーである、松城隆治 の顔を思い浮かべると、罪悪感で一杯になった。
――でも、…アイツなら、いける気がしたんだ。
初めてのセックス以来、ずっと絢斗は抱かれる側だった。
そんな彼には、心から抱きたいと思う相手が存在している。
その人の名は蔵木渡 槐 。初恋ではないけれど、絢斗が一番愛して止まない人物だった。
抱きたい、征服してみたいと、絢斗にそんな感情が沸き起こったのは、彼が初めての事だった。
その彼とキスをしてから、絢斗は快楽喪失症 に近い状態になってしまっていた。
性器や前立腺への、直接的な刺激で射精は出来る。しかしそれは、今の彼にとって、排泄等の生理現象と同じだと言えた。
快楽はそうではない、別にあるのだと、彼の脳が訴えてくる。
槐に拒まれ、報われない事が起因だとすると、この先、一生涯このままなのかも知れない。そんな思いが、彼を懸念と恐怖で支配した。
何か解決策を見つけたい、そう思っていた矢先、黒髪と細身の長身で、ほんの少しだけ槐の雰囲気と重なる、音羽透に出会ったのだった。
彼は自身をネコだと言い、好都合だと絢斗は思った。槐の代わりに彼を抱いてみたら、別の快楽が分かるような気がしたからだった。
しかし、槐ではない現実を噛み締めると、絢斗の男としての機能は一切、働いてくれなかったのだった。
その後、思わず受け身に転じてしまった自分を、絢斗は酷く呪う。
――隆治さん、ご免なさい…。
一筋の涙を指で払った絢斗は、重い足取りで帰途に着いた。
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