私はとある国の、人口四十人ほどの小さな村に生まれた。 　そこは閉鎖的な村で、その一族は皆、異常な遺伝子を抱えていた。 　青白い肌に、光の角度によっては赤く見える目、プラチナブロンドの髪。 　一見普通の、先天性色素欠乏症のうように見える一族は、二十歳頃から定期的に、人の血を欲するようになる生き物だった。 　一定量の血を啜れば、二十歳くらいの姿のまま、永遠に生き続ける、そんな不可解な化け物達が存在したのだよ。 　そう、永遠の命は、人の血を啜ればという条件のもと。一族の者は血を絶てば、その体は風化し、死んでしまうという。 　一族は、生き永らえる為、攫って来た人間を飼育し、血液牧場を作っていた。 　そこで生まれたのが、私の母だった。私の父は飼育された普通の人間の女性に、恋をしてしまったのだ。 　そんな二人の間に生まれた私は、彼らの中で亜種だとされた。 　私は紫外線にも強い肌を持ち、瞳も赤くはない。一族特有の、怪我をしても血の摂取で再生する力は、彼らの数倍の早さという驚異的なものだった。 　突然変異のような存在が、村に生まれたのは初めての事だったらしい。 　私の父と母は、繁殖行為を制限する村のルールを破ったとして、私が生まれた直後に処刑された。そして一緒に処刑される筈だった私は、一人の神父によって命を救われた。 　私が十二歳の頃のことだった。 　私のような体質を得たいと思った一族の一人が、私の血を摂取してみようと言い出した。 　同族同士で血を飲み合う行為は、性行為の代償行動として、時折、大人達がやっている事だった。 　私は抵抗したが、数人の男に押さえつけられ、一人に血を飲まれてしまった。すると驚いた事に、彼は石化して死んでしまったのだった。 　誰も予想していない状況だった。 　それを知った一族の長は、自身の目で確認する為に、血液牧場の人間を一人連れて来て、私の血を与えた。 　結果は普通に、私の眷属となっただけだった。 　見た目は変わらないが、その人間も血を望む生き物に変わったと確証が出来た後、一族の長は再び、その者に私の血を与えた。その瞬間、長の前でその者は石化し、倒れた勢いで粉々に砕け散ってしまった。 　その事実に、私の事を怖れた長は、私の首を撥ねて殺そうとした。 　私の血が、一族を根絶やしにするとでも思ったのだろう。 　見兼ねた神父が止めに入り、私は一生、繁殖行為を行わないという命のもと、国そのものから追放となった。 　そして私は流れるように、この国へ辿り着いた。この国の明治という時代の終わり頃だったと思う。 　どうやって辿り着いたのか、もう詳細は思い出せない。 　 　海辺で倒れていた私を、蔵木渡(くらきど)ユリという、当時十五歳の少女が助けてくれた。初めて見るような、黒髪の美しい少女だった。彼女はエンジュの曾祖母に当たる。 　ユリの家はホテルを経営していて、比較的、裕福な家庭だった。 　こんな言葉も分からない、異国人の私を、ユリの家族は温かく迎えてくれた。しかし、そこには裏があったのだ。 　そのホテルは元を辿ると、江戸時代に稚児を斡旋していた仏教寺院で、男色が禁じられた明治時代においても、裏でこっそり、少年達に体を売らせて商売をしていたのだよ。 　私もユリの父により、売りに出されるところだったが、ユリが守ってくれたので、私が客を取らされる事はなかった。 　ユリの父は彼女を溺愛していたから、金にならない私を追い出すことはせず、一緒に暮らすことを許してくれた。だから私はホテルの手伝い等をして、彼らの生活に溶け込んでいったのだ。 　そうして時が経ち、私が二十歳になった頃、ついに血を求める体になってしまった。 　ユリは私の異常に気付くと、怖れることもなく自らの血を私に与えてくれた。 　私達一族には自分の血液を一定量、逆に与えて、普通の人間を一族と同じような体質に変えてしまう能力を持っている。その際に、その人間は血の契約でも交わしたかのように従順になる。正に、眷属だ。 　私も彼女に永遠の命を与えたくて、私の血を飲んでくれと願った。 　だけど彼女は拒み、愛する男と結婚し、年を重ねて死んでいく事を選択した。 　そしてユリが亡くなった後、私は酷い喪失感に襲われ、彼女を無理にでも眷属にしなかった事を後悔した。 　大きな戦争が終わり、エンジュの祖父に当たる惣介(そうすけ)が蔵木渡家の当主になると、彼は少年を斡旋する仕事を辞め、真っ当なホテル業だけを商うようになった。 　その彼も私を囲い、私に血を与えながらも、眷属になる事を拒絶し、若くしてこの世を去った。 　惣介の一人娘の芳乃(よしの)が、二十二の時、ホテルの女将になった。 　その頃に私は、一族との約束を破る、大きな間違いを犯してしまった。時が流れ、気が緩んでしまっていたのかも知れない。 　当時、住み込みの女中として働いていた、十九歳になる香恵(かえ)という女性を孕ませてしまったのだ。 　愛は無く、結婚には至らなかったが、彼女は頑なに堕胎を拒否し、男児を出産した。その際に、香恵は亡くなってしまい、私は仕方なく生まれて来た子を引き取ることにした。 　途方に暮れた私を、芳乃と、その夫が支えてくれ、樹(たつる)と名付けた私の息子は、私よりも普通の人間らしく成長していった。 　その五年後に芳乃がエンジュを出産し、樹とエンジュは仲の良い兄弟のようにして育った。 　 　エンジュは成長する度に、曾祖母であるユリに似ていった。違うのは性別だけで、顔も、優しい心も全てユリにそっくりだった。 　私は特別にエンジュを可愛がったよ。息子とはまた別に、本当に愛おしく思っていた。