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24 夏央と絢斗

 (えんじゅ)隆治(りゅうじ)が亡くなってから、二人の死亡診断書が用意周到に手配され、役所に死亡届が出された。  どちらの葬儀も行われなかったが、事情を知る者達の中では、暫く喪中のムードが漂っていた。  夏央(なつお)の反対を押し切り、石化した槐の姿を見た絢斗(あやと)は、最初の方こそ泣き崩れてしまったが、その後も足繁く通い詰め、一週間程すると、彼は泣くのを我慢出来るようになったようだった。  絢斗が訪れると、槐の代わりに館の主となった夏央が、最近のお気に入りのフレーズで彼を出迎える。 「いらっしゃい、乙女座さん。…今日はオプション、どうされますか?」  それに対して、絢斗は辟易とした表情を浮かべた。 「いや、俺、お前の客じゃないって、いつも言ってるよね…。星座に、さん付けはやめろ。」 「じゃあ、松城(まつしろ)理事長?」 「まだ、違う。今は芹沢(せりざわ)さんが頑張ってるの、知ってるだろ?」 「知ってるよ。…どうせ、槐さんが目的なんでしょ?…言っとくけど、本来なら地下のあの部屋は、カイザーが眷属って思ってる人達以外、立ち入り禁止なんだからね!」 「…え?じゃあ、俺、カイザーの眷属になるよ。」 「ダメ!…絢斗君を感染させるのは僕!」 「はい、はい。…その内ね。今はダメ。」  館一階のロビーを抜け、勝手に先へ進んでいく絢斗を夏央が引っ張る。 「今はダメ?…じゃあ、いつかは僕の血を受け入れてくれるの?」 「…うん。」  引き止められて振り返った絢斗は、小さく頷いた。夏央は目を輝かせる。 「今がダメな理由って何?」 「…ああ、理由ね。ちゃんとあるよ。…夏央は十代で、まだ血を摂取しなくても平気なんだろ?でも俺は、二十歳超えてる訳だから、即効で血が無くては生きていけない体になる。だとしたら、フェアじゃないと思わないか?…だから、夏央が二十歳になって吸血に目覚めるまでは、手出ししないで欲しい。…了解?」 「了解!…そっかぁ。そういう事だったんだね!…じゃあ、僕が二十歳になったら、一緒に飲もうね。」 「酒みたいに言うなよ…。」  絢斗は再び、地下室へと歩を進め、石化した槐が安置された部屋へと赴いた。夏央も当たり前のように着いて行く。  本来、この部屋は、重傷を負った(たつる)の療養部屋だったらしく、彼の持ち物で溢れていた。壁一面を覆う大きな書棚には、洋書や図鑑、百科事典の類が並んでいる。  その部屋の主は今、ベッドの上で、干からびたミイラの石像となっていた。その横に、艶めかしい質感の石に変わってしまった槐が、寄り添うように横たわっている。 「あの写真のイケメンだった人とは、…思えないよな。」  樹の変わり果てた姿に、絢斗は以前盗み見たことのある、樹と槐が仲睦まじそうに映っていた写真を照らし合わせていた。 「今更だけどさ、…槐さん、なんで裸?」  絢斗の問に、夏央はひとつの可能性を過らせた。 「それは…。どうしてかな?…衣類が槐さんの肌を傷付けるって、カイザーが思ったんじゃない?」  頭に浮かんだ可能性を心裡に留めて、夏央は適当な推測を述べた。  ひとつの可能性。それは大量の血液で石化を解かれ、槐が蘇るかも知れないという事だった。槐の石化後、カイザーも夏央も、こっそり何度か血液パックの血を与えている。その際に衣類があると、血が付着して面倒なのだった。 ――槐さんが生き返るかも知れないって、絢斗君には絶対に悟られないようにしなきゃ…。  きっと絢斗がこの可能性を知れば、槐を生き返らせようとするに違いないと、夏央は確信している。 「意外と脆いんだよな…。ああ、触りたいけど、躊躇われる。」  夏央の思惑を露ほども気付いていない絢斗は、別の誘惑と戦っているようだった。 「あのさ、…僕、話したっけ?医学の道に進みたいって。」  夏央は違う話題を振った。 「いや、初耳。なんで医学?あ!…分かったぞ。医学といっても医者になりたい訳ではなく、夏央は病理学の研究をしたい…とか、思ってんだろ?」  絢斗に推理され、夏央は軽く拍手する。 「よく分かったね。」 「いや、だってさ、吸血鬼的な話を血液で感染する病気って、頑なに思ってるワケだろ?…その解明をしたいんじゃないかって事で、想像ついたよ。」 「槐さんの見解に基づいてるんだよ。…確かに説明できない現象も沢山あるけど、何かひとつは解明できるかも知れないでしょう?」  腕組みして考え込んだ絢斗が、懸念するものを打ち出す。 「…不老不死っぽい奴が、公の場で活動するの、無理がないか?」  それに関しては、夏央は何も心配していない、といった表情を見せた。 「大丈夫だよ。今はアンチエイジングも進んでるっていうし、ちょっと白髪を作ってみたりしたら、五十歳くらいまでは平気だと思う!…二十年前から槐さんの事を知る、天秤座さんだって、槐君は変わらないね~ってくらいにしか、思ってなかったみたいだし。」 「…俺の場合、未だに中学生で通るって言われるんだけど。…そんな五十歳、嫌じゃないか?」 「老化したいなら、方法はあるよ。…毎日、激しいSMプレイしてみるとか、ちょっと事故って大怪我してみたりするとか?」 「俺は痛いの、嫌なんだけど…。そんなんだったら、俺、感染やめようかな…。」  苦悩し始めた絢斗を、慌てて宥め、説得し始める夏央だった。  それから、また少し時が経った頃の土曜日の午後、今度は夏央が絢斗の居る、松城邸を訪れていた。  後日、槐には数十億の資産がある事が分かり、夏央が全て相続したのだが、彼の持ち株に関しては、経済学に詳しい絢斗に託される事になったのだった。それは槐直筆の正式な遺書にも、そうするように記されており、絢斗は断れずに請け負ったのだった。  絢斗と夏央、そして芹沢を含めて遺産管理の小会議を行っていると、絢斗に来客だと、家政婦から告げられた。  大学の友人らしいと聞いた絢斗は眉を顰め、玄関で待たせるように指示を出した。  訝し気な顔で玄関に向かうと、意外な人物が目に入り、絢斗は目を丸くした。  それは先月の初め、絢斗が一度だけ会い、体の関係を持った、音羽(おとわ)(とおる)という私大に通う青年だった。 「真野(まの)君!…突然、来てご免。でも、どうしても君にもう一度、会いたくて、…ここまで来てしまったんだ。真野君、あの…。」  透の頬は紅潮し、序でに寒さで鼻の頭も赤くなっている。最初に会った時のクールさは殆ど見られず、別人のような印象を絢斗は受けた。 「今は松城。」  絢斗が冷たく返すと、透はしまった、という顔をした。 「ご免、松城君。いや、絢斗君!…俺、あれから調べたんだ。君が十一歳の時に起きた事件を…。Y市夫婦失踪事件!その夫婦の子供が、君なんだろう?」  絢斗は迷惑そうな顔をする。自分の知らない処で、いつの間にか調べられていたのが、気持ち悪くてしょうがない。 「…だったら、何?」 「俺、最初、君の話を信じられなくて…。頭っから、全否定してた。…でも、その後、君が忘れられなくて、調べたら結構、有名な事件で…。本当にご免。」 「それを、わざわざ謝りに来たの?…謝るなら、もっと別の事がある気がするけど。」 「ああ…あの事?俺の抱き方、酷かった?それも勿論、謝るよ。ご免!あの時は夢中でさ…。ただ、即ハメ出来る子とか、凄く感動したんだ!」 「玄関先でソレ言う?…俺の体が目的なら、帰ってくれない?」  絢斗が率直に言ってみたものの、透には届かないようだった。 「養父…っていうか、旦那に操立てしてるんだろ?でも、彼は亡くなってしまった。それに付け入る形になってしまうかも知れないけど、…君を支えたいんだ!」  隆治の死は、一部にしか公表していない。絢斗は透の調査力に物怖じし始めたが、なるべく顔には出さない努力をした。 「そういうの、必要ないから…。あのさ、俺とどうにかなれるとか思ってんの?ネコでマグロ希望な君が?…そんなんじゃ、無理だから。」 「いや、今度は徹底奉仕で、君を抱きたいって思ってる!」  やはり体が目的なのか、と絢斗は溜息を吐いた。  そんな絢斗の心情に気付かない透は、一際真剣な眼差しで語り出す。 「俺はね、警察官になるって決めたんだ!そして、君の両親の事を、徹底的に調べ直すつもりだよ。」 「…何の為に?」 「勿論、君の為だよ!そして、君の事を知りたい俺の為でもある。…今日の処はこれで帰るけど、また来るからね!」 「もう来るな!次、来たら、門前払いだからな!」  透が帰って、再度、溜息を吐いた絢斗は、踵を返した。途中、リビングルームに通じる扉の前に立つ、不機嫌極まりないといった表情の夏央に出会う。 「今の、誰…?即ハメとか、君を抱きたいとか、聞こえた気がするんだけど。」 「ストーカー予備軍…?」  絢斗は答えながら、立ち止まらずに廊下を早足で歩き、キッチンへ向かった。  夏央もそれを追い掛ける。 「いや、もうなってるでしょ。それに警察官になられて、付き纏われたりしたら、色々困るんだからね。ちゃんと追い払ってよ!」  食い下がって来る夏央は、先程の遣り取りの一部始終を聞いていたようだった。 「セックスの相手に困ってるんだったら…!」 「困ってない!」 「困ってない?それって、どういう事!?…絢斗君、ちょっと待ってよ!」  キッチンへ辿り着くと、絢斗はウォーターサーバーの水をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。そして、話を自然に逸らそうと試みる。 「怖い顔。…槐さんが絶対しない表情だな。やっぱり、みんなが言うほど、似てないって俺は思うよ。」 「何、それ!…どうせ、僕は槐さんにはなれないよ!」 「そうだよ。…夏央は夏央のままでいてくれよ。こんな、髪伸ばそうとかしなくてさ。」  最近、首の後ろを綺麗に隠してしまった夏央の髪を、絢斗は手を伸ばして、優しく触れる。 「これは、…カイザーの趣味なんだよ。」  そう言い訳をした夏央だったが、実は大分前から髪を伸ばそうとしていたのだった。  元気を無くした夏央を見て、絢斗は上手く話が逸れたことを秘かに悦んだ。 「カイザーの根底にあるのはユリさんの面影…。絢斗君の愛する人は槐さん…。結局、僕は誰の一番にもなれないんだ…。」  夏央がこれ以上ない、痛切な表情を見せる。  絢斗は自分より八センチは高い夏央の頭を、優しく叩いた。 「…少なくとも、俺は夏央の事、嫌いになったりはしないよ。この先、何があってもね。」 「それは嬉しいけど、…僕を一番に愛してくれる可能性はある?」  夏央の真剣な問いに対して、絢斗はにやりと笑って見せる。 「弟分としては、一番、愛してるよ。」 「弟…?」 「今は、それで勘弁しろ。…夏央は恋の苦しさって奴を、知る必要がある。」  そう言った直後、夏央が抱き着いてきたので、絢斗は抵抗して、その腕から逃げ出した。

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