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祐一郎の車がうちの前の路肩に寄せられると、ハザードランプがパッコパッコと傍のアパートに反射した。俺はこのオレンジの灯りがちょっと苦手だ。夜だとそこらじゅうにあっちこっち反射するから、なんか悪目立ちしてる気がする。べつに後ろめたいことしてる訳じゃないけど。
寝たふりをしながらいつ目を醒まそうかと様子を窺っていると、運転席で衣擦れの音がした。肩を叩かれたり声が掛かったりするのを待っていると、目蓋の裏で点滅していたハザードの灯りが見えなくなる。シートが軋む音で祐一郎がこちらに身を乗り出して来たのが分かった。顔の近くに祐一郎の気配を感じてこいつ何やってんだと訝しみ、目を閉じたまま内心その距離の近さにぎょっとする俺をよそに、祐一郎は声を掛けるでもなくじっと黙っている。何するつもりなんだと様子を窺っていると、不意に湿っぽい息が耳元に掛かり、ぞわりと首筋が粟立った。
「……俊」
名前を耳元で囁かれた。唇が耳たぶに当たったんじゃないかってくらいの近距離に寝たふりも忘れて身を起こすと、運転席で驚いた祐一郎が目を丸くしていた。
「…………っ」
思わず右耳を押さえた俺に明らかにしまったという顔をする。何だその顔。俺に気付かれちゃまずいようなことをやってたのかよ。というか何今の。なんつー声だよ。
「なっ、にすんだよ」
咎めるように祐一郎を睨む。すると俺の非難の眼差しを受けた奴は、慌てるでも謝るでもなく憮然とした表情を浮かべた。
「……寝てたんじゃなかったの」
「お前が変なことするから起きたんだろ。……というか何なんだよ、今の」
「寝たふりしてたのか」
「今それ関係ねーじゃん」
はぐらかそうとしているのか何なのか、俺の言うことに耳を傾けずどうでもいいことにこだわる祐一郎の態度が癪に障る。
「別に、名前呼んだだけだろ。何が言いたいんだよ」
その言い草に絶句する俺を前に当の祐一郎は涼しい顔だ。いきなり訳の分からないことをしてきておいてその態度は何なんだ、と苛々してしまい、つい語調が荒くなる。
「は? お前な、何がって」
何がも別にもないだろ、と言おうとした途端、ふと俺は言葉に詰まってしまった。
さっきのがただ名前呼んだだけな訳はない。けど、それが何なのかを果たして問い詰めていいのだろうかと、躊躇ったのだ。
その問いの答えは、俺が今までずっと感じていたけど聞けなかった疑問ーー祐一郎が俺に会いに来る理由とか色々ーーの答えにも通ずる気がするけど、その辺には踏み込まない方がいいとどこかで警鐘が鳴った。もし何かしらの答えが祐一郎の口から返って来たとしても、俺にはそれに答える備えがないのだ。言葉の用意も言葉の用意もできてない。
だからこれまで通り、祐一郎のことは何考えてるか分かんない変なやつってことにしておいた方がいい。そんな気がする。
「…………」
俺の逡巡を、祐一郎はお見通しのようだった。
奴は言い返すのをやめた俺にそっと微笑みかけ、頭に手を乗せて髪をぐしゃりと掻き混ぜて来る。
「……さわんな」
「……じゃあな。俊。またな」
また答えになってないことを言われる。
俺は促されるがままシートベルトを外し、ドアを開けて車外に出た。祐一郎がエアコンを効かせていたから外が少し寒く感じた。ドアを閉めて車から少し離れると、オレンジのハザードランプがペッコペッコと俺を照らす。やっぱりこの灯りが嫌いだと思った。色も嫌いだし、何より急かすみたいなリズムが、どくどくとうるさい心臓と同じ間隔で俺を追い立てる。
祐一郎がガラス越しに手を振った後、ゆっくりと走り出して去って行くのをぼんやりと眺め、そのテールランプが見えなくなるまで俺はそこに突っ立っていた。
ばかみたいだ、と我に返る。
慌てて踵を返して、目の前のうちのアパートのガラス戸を開けてその内側に体を滑り込ませる。ジーッと羽音を鳴らす蛍光灯としんとしたコンクリの玄関で、自転車と集合ポストに挟まれて俺は重たい息を吐く。
またなって、なんつー顔してんだよ、あいつ。
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