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第5話
司はそれから丸二日ほど寝込んだ後、体調が整わないままではあったが、伏せっていた床を上げた。
寝込んで否応なしに世話をかけるうちに、犬の頭をした神官たちにも目が慣れて、最初の頃程怖ろしいとは思わなくなった。彼らは一応人間の言葉が通じたし、山神の伴侶である司に敬意を払ってくれたので、当面の住み心地はさほど悪くなかった。
温かい薬湯を啜りながら、司は傍らに控える犬頭の側仕えに声をかけた。
「……一度、山を下りて家に帰りたいんだけど、何とかならないかな」
司の問いかけに、茶色い毛並みを持つ側仕えは僅かに鼻を寄せた。
「なりません。嫁御寮はこの東の対の屋から外に出ることを許されておりませんから」
「それは前も聞いたけど、ダメ元でお社様に聞いてみてくれないか、花菱」
食い下がる司に、菱丸と呼ばれた獣人はもう一度駄目だと返事した後、長い口を大きく開けてあくびをした。何か嫌なことがあって緊張している時の犬の仕草だ。司は溜息を吐く。
この広い社にはお社様と呼ばれる山神と、その眷属である大勢の山犬たちがいるが、司が会話を許されているのは花菱模様の水干を着たこの側仕えだけだ。自由に使えるのもこの対の屋の一角だけで、渡殿を渡って寝殿や他の対の屋に行くことは禁じられている。いわば軟禁状態だった。
尤も、出入りを禁じられていなくとも、出歩く気分には到底なれない。初めて山神と床を共にした夜以来、ずっと体の調子が思わしくないのだ。
山神の肉棒に責められた下腹が、あの日からずっと石を載せたように重く、体も熱っぽい。初夜の営みが激しかったので、日が経てばそのうち回復するだろうと思っていたのだが、倦怠感と重い腹の鈍痛はむしろ日毎に増してきたようだ。床は上げたものの、羽織で体を包んで一日中蹲っていなくてはならないくらい体が辛い。
この社での滞在が長くなるのなら、痛み止めや傷薬など、最低限の人間用の薬を手元に置いておきたかった。だが何度交渉しても、花菱はダメの一点張りだ。
司は飲みかけの薬湯の椀を膳に戻した。毎日これを飲まされているが調子は悪くなるばかりで、もしかしてこの薬湯が体に合わないのではないかと疑ったのだ。
「なぁ……俺って、ずっとここにいなくちゃいけないのか。一度くらい村に帰ってもいいんじゃないか」
硬い声を出した司に、菱丸は落ち着かない様子で耳をピクピクさせる。
「お役目さえ果たされれば里に戻れます。早う帰れるよう、お励みください」
「励めって……」
変わらぬ花菱の答えに、司は声を落とした。
下界からこの社に迎えられた者の役目は一つだけだ。伴侶である山神を床で満足させること。そうすれば、持参した刀とともに、後の生活に困らぬ十分な手当てを与えられて村に戻されると、花菱は言う。
ならば、今まで山神の伴侶となった者たちはどのくらいで村に戻れたのかと聞いてみると、早くて三十年ほどだという答えが返ってきた。司は今二十七だ。三十年もここにいたら、人生の大半が終わってしまう。
「だから……長くなるんなら、身の回りの物を取ってきたいんだ。体の調子も良くないから、動けるうちにちゃんとした人間用の薬を取って来たいし」
この体調では無事に山を降りられるかどうかも怪しいものだったが、とにかく一度帰りたい。東雲の父がどこまで事情を知って隠していたのかも聞きたいし、和泉や工房の職人たちにも挨拶の一つくらいはしたかった。
突然花菱の耳がピッと立った。と思うと、部屋の仕切りである御簾が上げられ、背の高い山神がそれを潜って部屋に入ってきた。
昼の明るい光の中で山神の姿を見た司は、腹の奥が重くなったような気がして体を丸めた。
黒地に銀糸で雨模様が描かれた羽織袴の山神は、五日ほど会わずにいただけなのに、冴え冴えとした美貌にさらに磨きがかかったように見える。花菱が慌てた様子で部屋から出ていくのと入れ違いに、山神が司のすぐ傍らに腰を下ろした。
「来い」
短く発された命令を聞いただけで、司の全身を甘い電流が走り抜けた。腰の奥がズンと重くなり、下腹は疼いて熱を持つ。
体の内側が濡れていくのを感じながら、司は畳の上を這って山神に近づいた。
「薬は要らぬ。其方は今初めての盛りを迎えて、発情の熱に浮かされているだけだ」
「あ……!」
グイと腕を引かれて、司は山神の胡坐の上に倒れ込んだ。
香木にも似た山神の匂いを感じ取ると、下腹の熱はますます滾っていく。顎を取られて仰のかされると、司は命を待つことなく山神の唇に吸い付いた。
強請るように唇を舐めて軽く吸うと、それに応えて山神の長い舌が口の中に侵入してくる。舌を絡め、唾液を啜り、力が抜けそうな両腕で山神の首にしがみついた。
「役目を果たしたいか……?」
山神の声が情欲に掠れているのが分かった。甘美な痺れが背筋を駆け上る。下腹を撫でる掌に小さな歓喜の声を上げて、司は頷いた。
山神の姿を見た瞬間から、この強い雄に服従して、所有の証を刻まれること以外考えられなくなった。それは山神が長で、自分が孕み胎と呼ばれる性を持つためだろうか。
縋りつく腕を引き離し、山神は片手に司の顎を捉えると、口づけで濡れた唇の間に親指を押し込んだ。
「ならば、役目がどのようなものかを知っておかねばなるまい」
口に指を入れて開けさせたまま、山神の手は司の顔を下方に導いた。残る手を袴の脇あきに入れ、姿を変えつつある怒張を取り出す。今の時点で既に雄大な姿を誇示する逸物を、司は潤んだ目で見つめた。
「其方の役目は、胎に我の種を収めることだ。首尾良う行けば、さほど老いぬうちに里へ戻してやれる。まずはその口で、我の種を確かめてみよ」
人間の男とは少しばかり形の異なる、逞しい怒張が司の目の前にあった。
怖れを感じながらも、身の内の熱に追い立てられるように、司はその先端を口に含んでみた。長と呼ばれる強い雄の味が舌の上に乗る。それを感じ取っただけで痺れるような快感が全身を巡り、司は恍惚と息を吐いた。
確かに自分は普通の人間の男ではないのだろうと、司は思った。異形の男根を口に含むよう強要されて、嫌がるどころか、陶酔に溺れそうになっている。後孔の奥にある女の壺がこの怒張を受け入れた時の喜悦を思い出して、全身にその時の感覚を蘇らせているのだ。
山神の股座に顔を埋め、首を傾けて長大なものにしゃぶりつきながら、司は片手を自分の足の間に伸ばした。既に硬く勃起した屹立を自分の手で慰めるために。
「ンッ……ンッ……、ッ……ンゥ…………」
司の口の中で、山神の怒張は猛々しさを増していく。口をいっぱいに開いても、なだらかな先端部分を含むのがやっとの大きさだ。
少し奥まで含もうとすると喉を突かれてえずいてしまう。苦しくて涙が出たが、山神が息を詰めて快楽を示すのを感じると、喉を突かれる苦しささえ身を満たす法悦に変わっていく気がした。
「……あ、ん、ん、んッ……んんッ……」
片手で激しく自身の牡を扱きながら、食らいつくように肉棒を咥える司の姿を、山神は目を細めて愉しんだ。
体を引き寄せ、襟の袷から忍ばせた手で乳首を悪戯に弄ってやる。巨大なもので口を塞がれた司が喉の奥で呻いた。奔放な腰がカクカクと揺れ、甘い発情の匂いが部屋いっぱいに立ち昇る。漸く熟れ始めたばかりの牝の、瑞々しい薫香だ。
「あ、ああぁ……こっちじゃ、ない……ッ」
牡を慰めていた司が、焦れたような泣き声を上げた。前を扱いていた手が足の付け根の奥へと伸びていく。快楽の中枢がもはや牡の部分ではなく、体内の女陰にあると気が付いたのだろう。盛りのついた孕み胎特有の、濃厚な誘いの香が山神の理性を吹き飛ばしそうになった。
約定を交わしてから、随分長い間山神は待った。なかなか目覚めようとしない司の胎を抉じ開け、薬湯を飲ませて発情を促しもした。これほどの手間をかけて熟すのを待ったのだから、最高の状態で種を収めたい。何も知らぬ稚い胎に、まずは神との交合の何たるかを教え、覚悟をつけさせねばならぬ。狗神の交わりは、人の営みとは多少勝手が違うからだ。
「……あんん、んッ……あぁ、もっと……もっと、んッ……」
山神の肉棒を舐めながら、司は熱に浮かされたような喘ぎを漏らしている。足の間に入った司の指は、後孔の中を弄っているらしい。山神は喉の奥で笑った。指では最も感度のいい女陰に届かぬことは分かっている。指で慰めても熱が煽られてますます苦しくなるだけだ。
案じてやったとおりに、拡げられた後孔からは物欲しげな誘いの蜜が零れ出し、畳の上に滴った。真に良い香りがする。
山神の匂いがついた羽織を着せて隠してあるが、これほど芳しい蜜を滴らせていれば、鼻のいい他の長がこの匂いを嗅ぎつけぬとも限らない。司がいくら乞おうが、この対の屋から一歩も外に出すわけにはいかなかった。
「……出すぞ」
短く告げて、山神は司の頭を軽く押さえた。長の子種の味は孕み胎の発情をさらに激しくさせる。司がどれほど怯えて拒もうが、閨を受け入れずにはいられないはずだ。孕み胎を本当に昇天させてやれるのは、長の逸物だけなのだから。
「ンゥッ……!」
喉の奥に叩きつけられる奔流に、先日処女を失ったばかりの孕み胎が目を見開いた。あの時は初物に免じて種をつけるのは許してやったが、今宵は泣こうが喚こうがこれを腹に収めさせるつもりだ。
人間とは比べ物にならない大量の精が勢いよく吐き出される。最初の数口は何とか飲み下したようだが、後は噎せてしまい、床に這いつくばって咳き込んでいる。その顔を上げさせて、山神は溢れる奔流を残らず顔に叩きつけた。
「……あ……あ、ぁ…………」
顔から滴り落ちる精が、首筋と胸元を濡らし、膝の上に溜まっていく。苦痛の大きかった表情が、途中から匂いに中てられたように恍惚と変わり、長い吐精が終わる頃には焦れた顔つきで腰を前後に揺らす淫蕩さを見せた。この胎は目覚めこそ遅かったものの、熟れ具合は申し分ない。
「今宵は、これを其方の胎に放つ」
怖れと期待に駆られたように、司が陶然とした顔でブルリと身震いした。好い反応だと山神は笑みを浮かべる。ますます夜が楽しみになった。
体を離そうとすると、山神の精で体の前面を濡らした司が、名残を惜しむように牡の先端にしゃぶりついた。勢いを減じた砲身を手で支えて舐めるうちに、司は竿の半ばにある瘤に触れて、不思議そうな顔をする。
「根瘤だ」
射精の途中からぐんぐん膨らみ、今ではくっきりと形を浮かび上がらせている瘤は、人間の性器にはないものだ。
司はその意味が解らなかったらしく、丁寧に精の残りを舐め取ると、服従を誓うように根瘤に口づけした。
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