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躇の章 1 予感の時

 ここでいいと、希は沢村に従った。  青年の肩口で、明滅する白い蛇。  その蛇は時折、希の体に表れる。  極道という「非現実的」な世界に身を置く沢村も、最初こそ驚きはしたものの今ではすっかり慣れてしまった。  淡く明滅する白い蛇は、現れる時によって場所が異なる。 「母の、守りです」  暗闇の中でさえ淡く明滅する白い蛇は、刺青というわけでもなさそうだったが、いずれにしたところで不思議なものだ。 「僕の蛇ではありません」  非力な希に、母がつけた守り。  ある程度の災いであれば、小鳥遊巳鶴の蛇が彼を守ってくれる。  つきあい始めた頃、不思議に思った沢村に尋ねられて希はそう答えた。希自身も余り気にしていない様子だったから、沢村も気にかけることをやめた。  おそらく沢村などが考えたところで答えなど出てきはしないのだろう。  すっかりはだけた着物をそのままにして、下着の中に手を差し入れる。唇は上半身を何度もたどり、あちらこちらに赤い痕を残した。 「……っふ」 「もうこんなになっているな」  とろりと零れる透明な雫を指先ですくってから、前戯によって高められた希の性器は半ば立ち上がりかけている。  優しく沢村の手のひらに包まれ、それだけで敏感になった希の体は反応する。  片足を抱えながら、器用に希の下着を脱がせた沢村は、着物の前をはだけ、下着を身につけていない卑猥な姿に満足げに頷くと、抱えた足を抱き直して、希の体を折り曲げるようにしてから、自分の唇を希の耳に押し当ててささやいた。 「おまえは、清純そうなのにこういうときだけはエロいな」 「……こんな、はしたない僕は嫌いですか……?」 「もちろん」  そこで一度、沢村は言葉を切った。  右腕で希の体を支えながら、左手はするりと着物と希の体の間に滑り込む。 「大好きに決まっているだろう。ほかの男におまえのこんな姿を見せたらどうなるかわかってるな?」  そんなこと言われても、どうなるかなんてわかるわけもない。  沢村の世界と、希の世界では余りにもかけ離れすぎていて理解することなど不可能だ。  尻の谷間に滑り込んだ沢村の長い指が、青年の秘部を探る。いつのまにかローションで濡らしていたらしく、ぬるりとした感触を持っていつものようにやすやすと希の体内を探ろうとして入り込む。 「……ん」  慎ましい彼の喘ぎが唇から零れた。  着物の帯をほどき、下着を脱がせたその姿は、過去に存在していた遊郭の遊女たちを思わせるようで、普段の希の慎ましさとの落差にひどく淫らに沢村の目には映った。  医師として、普段から自分を律している彼が、沢村の前でだけ人間らしい欲を晒す。 「俺の家だ。声を出していいんだぞ」  わざと耳元でささやいてやる。  希の体は隅から隅まで知り尽くしている。  何年もかけて沢村が開発した体だ。  そんな、彼にだけ従順な恋人が愛おしい。  普通の堅気の人間であれば、ヤクザと言うだけで沢村を避けた。そして極道の世界の人間たちは、賢正会の幹部であるというだけで、誰もが彼を一目置いた。  そう――。  沢村俊明は、夜の世界に足を踏み入れて以来、長く孤独だった。  その孤独から解放してくれたのが、小鳥遊希だった。  希が、沢村を心のよりどころにしているように、沢村も彼の優しさに心をゆだねている。誰よりも彼を頼り切ってくる、頼りない希。本来、同じ男としてそんな女のような男を見れば苛立ちのひとつも感じるだろうに、どうしたことか沢村は希に対してそういった感情を抱いたことはなかった。 「まるで昔の遊女みたいだぞ」  優しく、低く響く声は、希をなによりも安堵させる。  彼に愛されているのだと実感できる。  希は小鳥遊家でこそ、特別に非力な存在だったがそれ故に感受性が特に優れている。人の心の揺れを敏感に感じ取り、そのために自ら心を傷つけることもある。しかし、沢村に対しては、その感受性の高さ故に、触れる指先のひとつ、かけられる言葉のひとつ、眼差しや全ての態度から、このやくざを生業とする強靱な男から――心の底から愛されているのだと感じ取ることができた。 「……っつぁ、……う」  ゆっくりと、そして丁寧に優しく抜き差しされる指に体をゆだねていると、膝が砕けそうになる。  彼に愛されている。  それだけが今の希を支えていた。  きっと沢村に捨てられたら生きていけない。  希は本気でそう思う。  それほどまでに希は沢村を愛している。  小鳥遊家にとって、同性愛は禁忌ではない。むしろ、小鳥遊家の外の人間で、異性を愛するよりは建設的だと受け入れられている節がある。  だから、希は沢村を選んだことを公開していないし、希の両親も、息子が選んだ恋人を一般家庭よりもずっと慣用に受け入れた。 「ここが好きだろう?」  強く二本の指の腹で前立腺を探られて、希はびくりと体を揺らす。 「……あっっ!」 「いい声だ。もっと聞かせろ」  支配者として君臨する沢村。  しかし希とふたりきりのときには不意に感じるものがある。  はたして支配しているのはどちらの側なのだろう。 「ず、るい……です」  抗議するように弱々しく言葉を発した彼は、前立腺をこすり上げられ、強く押し上げられるたびに息も絶え絶えになりながら沢村に訴えた。 「ずるい……、俊明さん」 「……うん? なにが?」  薄い唇の端に意地の悪い笑みをたたえて、沢村は与えられる愛撫に体をくねらせる希を見つめて抱えた左足を抱き直した。 「俊明さん、だけ、……スーツ着込んで……っっ!」  自分だけ恥ずかしい姿をさらしていることに抗議する。  そんな希もまたかわいらしくて思わず微笑が零れた。そんなにかわいらいいことを言われてしまうともっといじめてやりたくなってしまうのが男の(さが)だということを、同性でありながら、希はあまりわかっていない。  沢村の背中に回された腕。  その指がなんとか自分の体を支えようとして指に力をこめるが、上質のスーツの生地の上では指が滑ってうまく体を支えられない。 「おまえは俺に体を任せてれば良い、力を抜け」 「……でも、あ、ん……」  いつのまにか三本の指で後孔を探り、押し広げるように柔らかくほぐれるまで準備を終えられていて、ずるりと引き抜かれた指に、希の声が詰まる。 「ちゃんと捕まっていろ」  意地の悪い言葉。  それすらも希を発情させるひとつでしかあり得ない。  彼の腰の下に自分の両膝を差し入れるように、華奢な体を固定して、右足も左足同様に抱え上げた。宙に浮いた足が心許なくて希は思わず沢村の首にすがりつく。 「大丈夫だ、俺が支えてやる」  希を頑丈な扉に押しつけ、体を浮かせた状態で、そのまま器用に沢村は自分のズボンの前をくつろげ、希を愛撫することだけですっかり準備が整ったペニスを取り出すと、指での愛撫をやめられて物欲しげにひくつくそこに、先端を押しつけた。 「……どうしてほしい?」  問いかける。 「俊明さん……、俊明さん……」  慎み深い彼はなかなか自分の欲望を口に出すことができない。それがわかっていて、いじめたくなる。 「どうしてほしい?」 「……――と、しあきさんと、ひとつに……なりたい」  最後の方はほとんど聞き取れないような声だったが、沢村には充分だった。  強い力で希の下半身を軽々と支えて、壁に押しつけるようにして沢村は性器の先端を押しつけた。 「んっ……」  このときばかりはいつも苦痛が希を襲うのか、先端のカリ首が収まるまでは眉間を寄せて苦しさを堪える。  その顔にもそそられる。  まるで沢村は、希の中毒になっているようだ。  顔立ちは決して女らしいわけではない。美青年、という言葉が最も正しいだろう。物腰は柔らかく、育ちの良さを感じさせ、日本美人を連想させる彼が、沢村の前だけで自分の性欲に溺れるのだ。  それはこの上もなく満足感を覚えさせた。  希も後孔は、柔らかくほぐれながらも、本来はセックスの時に使われる場所ではない。そのために生理的に締め付けてこようとするその抵抗にかまうこともせず、沢村は希の求めるままに、堅く張り詰めた性器を押し入れた。  先端の一番太い部分が収まり、そこで一度沢村は体勢を整えた。  希の両足を掴んで思い切り引き上げると自分の肩に抱え上げる。そうして、体勢が変わったせいで刺激を受ける場所も変わったのか、希は小さくうめき声を上げて体をくねらせる。 「ぁ……、んん……っっ」 「俺に委ねろ」 「っふ、……あ」 「大丈夫だから」  中途半端に先端だけ挿入された沢村のペニスを希の粘膜がきゅうきゅうと締め付ける。そんな場所で止まっていては足りないとでも言うかのように。  それから、その言葉通り、沢村の性器は一気に奥まで入り込んだ。 「っ……!」  声もなく壁に後頭部を打ち付けるようにして、のけぞった希の頭を引き寄せて、腰を上下に使いながら、唇を重ねた。  舌を絡め、希の唾液を味わい、自分の唾液を注ぎ込みながら、声まで飲み込むようにして抽挿を繰り返しながら、彼の中を暴いていく。もちろんそれはこれから彼に感じさせる強烈な快楽への入り口にすぎない。  突き当たる場所まで何度もペニスを差し込んでは、入り口のぎりぎりまで引き抜いてそれを何度も繰り返す。  そうされるたびに息が上がっていく希の息づかい同様に、沢村の呼吸もやがて肉食獣のように荒くなっていく。 「俊明さん……、と、しあ、きさ……」 「まだ話す余裕があるのか」  くくっと喉の奥で笑った沢村は、もう一度深いキスを交わしてから、カリ首が引っかかる場所まで性器を引き抜いてから、彼の腰を抱く腕を器用に伸ばして、すっかり欲望に立ち上がった希の性器の根元を握り混んだ。  強すぎる刺激に希は声もなく、熱い吐息を吐き出し、力が全身から抜けた一瞬のことだった。  先ほどまでの長い抽挿ですっかりこねくり回された最奥ともとれる突き当たるそこをめがけて、沢村は今度こそ自分の性器を狭く閉ざされた場所を思い切り貫いた。彼の立派なペニスは大きすぎて、普段の希であれば根元まで受け入れることなどできはしない。  時折、沢村はその突き当たりを強引に押し開いて、その奥へと入り込んだ。もちろん、毎度そんなセックスをしていては希の体に負担をかけることを知っていたから、余りそういった行為を沢村はしない。 「あぁあああっっ……!」  狭い底を押し開かれ、入り込む性器の太さとその強さに、びくりと沢村の手の中で希のペニスが跳ねた。しかし、根元を思い切り締め付けられているせいで精液を放つこともできず、そのままびくびくと体を震わせながら沢村の腕の中で達した。  ずるずると背中が壁を滑って落ちていきそうになって、それを沢村が抱き留める。  力の抜けた彼の体を壁から引き起こして、腰と背中を支えて抱き上げると疲れも感じさせずに上下に希の体を幾度も突き上げる。  すでに希のペニスからは手を離していたが、ドライオーガズムに支配された青年は、沢村が力強く突き上げるたびに、精液を吐き出すことを忘れたように、快楽に支配されてよがり狂う。  普段の清楚な希からは想像もできない痴態に沢村は支配欲を満たされた。  どんな強大な権力を持ち、多くの人間たちを束ね、命令の前に従属させることとはまた異なる充足感。  彼が突き上げるたびに快楽の虜となってイき続ける希がやがて声もあげられなくなり、苦しげな息を吐き出す頃になって、ようやく緩く腰を回すようにしながら、そのままの体勢で沢村は歩き出すと、自分の広いベッドルームへと向かった。  強い衝撃を受けないように、希の背中をそっとベッドに下ろして、再び性器をずるりと引き出してから、恋人の耳元で彼の名前を呼んだ。 「希」 「……ぁ」  それだけ声を出すのがやっとの様子の彼は、ぼんやりとした目で誰よりも男らしい同性の恋人を見上げる。 「イけ」  短くそう告げた瞬間、沢村は強く望むの後孔に加減もなしに思い切り突き当たる狭まった部分を突き破る勢いで一気にその体を引き裂いた。 「……――っっ!」  希はこの日の行為で一度も精液を吐き出していない。  それだけ強い快楽に、最後の沢村の突き上げにも声もなく快楽の高みへと引き上げられて、そのまま意識を失った。  ――満たされる。  注ぎ込まれる熱いものを感じながら、それが心地よいと、薄れていく意識の中で希は思った。  ――気持ちいい……。  根元まで性器を押し込んだ男は、希には聞こえていないだろう低いうめきを発して、何度か腰を震わせると最後の一滴まで彼の中に精を吐き出してから失神した彼を気遣うようにずるりと力を失ったペニスを引き抜いた。  意識がなくても生理的にぶるりと震える体を見下ろしてから、男は身だしなみを整えた。 「理事長、よろしいですか?」 「どうした」 「理事長補佐から電話が入っております」 「そうか」  汗みずくの恋人の体。 「中谷」 「はい、希の体を洗ってやってくれ。”中”もな」 「承知いたしました」  

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