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現の章 1 異なりながら同じもの

「……希」  ほしいものがあればなんでも言ってみろ……――。  耳元にささやかれた低く甘いエロティシズムを込められた彼の声を思い出すとそれだけで、全身がしびれたようなうずきを感じて動けなくなる。まるで、蜘蛛の糸に捕らわれたようだ。  彼の舎弟たちには、側近の中谷を含めて優秀で身の振り方の上手な人間が多い。  平城もそうだ  それに比べて、と希は思う。  生粋の日本人だと言うには、少し癖のあるブロンドと、西洋人に比較して劣らない青い瞳を持っている。体格と顔立ちこそ日本人のそれだが、初めて会った人間からは大概の場合、ハーフかクォーターかと勘違いされることが多い。  小鳥遊や和泉と関係のない友人たちからは羨ましがられもする容姿だが、希にとってはコンプレックスのひとつでしかない。  彼らが希に注目するのは、容姿が人と変わっていて目立つから。  ただそれだけだ。  希の中身など、彼らにとってどうでも良いのだ。  そう考えると、自分の存在意義についてひどくむなしいものを感じて、口からついて出るのはため息ばかりだ。  けれども、沢村は違う。  彼の内面の、希のコンプレックスと劣等感にまみれた弱い部分を見抜いていて、それでも尚、沢村にとって希が必要なのだと言い聞かせる。それこそ希の心が折れそうになったときは、何度でも彼を甘く抱きしめてささやきかける。  これほど優しい男が、どうしてヤクザなどと言う人間に墜ちることになったのか、希は未だによくわからない。 「そうだなぁ……、俺も弱い人間だから、弱い奴の気持ちになってやれるんじゃないのか?」  冗談か本気かわからない口調で、ベッドを共にした後に電子たばこをくわえながら、彼はそんなことを言った。 「どうして普通にたばこを吸わないんですか?」 「俺は省エネしてんだよ」 「……はぁ」 「それはそうと、腰は大丈夫か? 仕事に差し支えなければいいんだが」 「大丈夫だと思います」  沢村が導く快楽は、長いドライオーガズムに希をたやすく高みへと連れて行く。凶器のようなペニスで、突き当たる狭い場所を何度もこねて、希の体から力が抜ける一瞬を見逃さずに、その奥にきつい筋肉の壁を押し入った。希が勝手に射精しないように、行為に及ぶ前にきっちりとコックリングを取り付けられて、その用途がわかっていてもその先にあるだろう快楽の果てに、希は甘い期待を抱きながらも受け入れきれずにいた。 「恥じらうおまえは特にかわいい。だから、がまんしてこれをつけろ」  コックリングから逃れようとする希の腕を簡単にやり過ごして、沢村が愛してやまないそのかわいらしいペニスにいやらしいおもちゃを取り付ける。  信じられないほど深く沢村の長く大きなペニスを、本来ならばセックスなどに使うところではない場所で受け入れて、襲いかかる快楽に身もだえた。 「一度じゃ足りないだろ」 「……ぁ、は……、ひ……ぁあ」  肌がシーツに触れる感触にさえ感じ入って、そして体内に突き込まれて、狭い奥に割り込むように押し入った沢村の熱さに感じ入る。  そうなれば、もはや希の口から零れるのは甘い喘ぎだけで、抗議の声も、そして沢村の言葉もなにも感じ取れなくなる。 「やぁ……っっ、そこ、深……い」 「希のここはとても満足げだぞ?」  ゆっくりとした動きで希のペニスを優しくこすり上げて、尿道口に親指を強く押しつけてから、強くこすり上げる。  達することを禁じられた性器は、たらたらと透明な雫をかろうじてこぼすばかりだ。それを塗り込めるようにしながら、沢村はずるりと一度、押し入った狭い場所から性器を引き抜くと、それだけで希はびくりと体をのけぞらせるようにしてシーツの上で跳ねた。 「俺のものを根元まで飲み込んでくれるんだろ? 何度でも、何回も」 「ぁ……、ぁああ……、沢む……さ」  沢村はそうしてカリ首が入り口の狭い肛門に引っかかるまで引き抜いてから、そうして前立腺をわざとこすり上げながら再び達したままで脱力している体に挿入していく。 「や、……ぁ、も、無理……だめ」 「無理じゃないし、ダメじゃないだろ?」  もっとほしい――。  希の体が求めていることは、沢村にはわかっている。  沢村の太い凶器を全て飲み込まないと気が済まないと、希の体が訴えている。再び突き込んだその狭い場所は先ほどよりはずっと柔らかく沢村の性器を押し返した。 「ほら、力を抜け。いれてやる」 「ぁああぁぁ……、ダメ、ダメ……っ」  メス猫が交尾をするように、尻だけを高く上げて沢村に差し出した格好で、かろうじて残る意識の残滓でなんとかシーツにすがりつこうとするが、そんな希の体を、沢村は軽々とひっくり返した。 「おまえの目はダメだなんて言ってないぞ? 悪い子だ。悪い子にはお仕置きをしてやらないとな」 「……ふぅ、んん……っ」  勃起したペニスを握りこまれて、言葉にならない声を上げて喉をのけぞらせた。終わらない絶頂感の中でいたずらでもするような沢村の手は、再び希を高みへと引き上げていく。  これ以上、快楽の泉に引きずり込まれたら溺れてしまう。 「助け……て、助けて……」 「あぁ、助けてやるよ」  そうして、性器の先端で強くこねくりまわしていた狭まった場所を今度はゆっくりと、希が快楽を直に感じられるように押し開いていく。 「ぁ……、――……あ、すご……っ」  浅いところにある前立腺と共に奥を突きながら、ゆっくりと腰を回す。  そうしてやるだけで、びくりと体を震わせて希の体は脱力した。  どくりと、指など届かないところで沢村のペニスが熱い精を放つのを感じながら、希はそのまま意識を失った。  思い出すだけで顔が赤くなる。  それにしてもあんなところに吐き出された精液をどうやって綺麗にしてくれたのだろう。色気のないことを考えてから、再び、火山が爆発したようにボンッと顔を真っ赤にした。  沢村は、ドライオーガズムの高みに上り詰めた希をいつも満足げに見ている。快楽でかすんだ意識でもそれだけはわかった。  もちろん普通のセックスをするだけの時だってある。  けれど、そんなセックスでは沢村の全てを受け入れきれなくて、希はそれがひどくさみしかった。  彼を全て受け入れたい。  彼を満足させたい。  もしも、彼自身が言うように、自分と同じ孤独と弱さがあるのなら、非力な自分でもその体で彼の全てを受け入れてやりたいと、思い上がったことすら考えた。   * 「おい、小鳥遊はいるか?」 「小鳥遊はわたしですけど、なにか?」  怒号に近い声を張り上げてはいってきたのは組織犯罪対策部の刑事で、谷口康仁だ。彫りの深い顔立ちで、厳つい表情でなければそれなりのいい男だが、いかんせん少しばかり迫力がありすぎた。  捜査一課の刑事たちも、それなりに場数を踏んできているから強面は少なくないが、さすがに組織犯罪対策部ともなれば、一課の刑事たちをも迫力と顔つきではしのぐ勢いだ。  組織犯罪対策部の刑事と真正面に向かい合っても、小鳥遊桜龍の表情はいつもと同じだ。人好きのする微笑を浮かべて小首をかしげている。 「おまえ、小鳥遊希って医者を知ってるか?」  いきなり「おまえ」呼ばわりだが、桜龍のほうは気にした様子もなく異なる色の瞳を瞬かせた。 「子供の頃からおつきあいがありますが、希さんがどうかされたんですか?」  別に希のことを聞かれたところでなんでもない、とでも言いたげな年下の女の様子に、谷口康仁はなんとなく苛ついた。  長い髪と、異なる色彩の瞳、それに着物と袴ときたものだ。  こんな刑事がいてもいいのかと、異端な彼女に苛立ちを隠せない。 「おまえの親戚が、やくざの女だってことは知ってるのか?」 「希さんは、やせてますけど男ですよ?」 「……そういうことじゃねぇんだよ」  真顔でとんちんかんな返事をされて、谷口の苛立ちはさらに募っていくのが、遠目にその様子を見守る捜査一課の刑事たちにもわかった。  彼はマルボウの刑事の中でも荒っぽいやり方をすることで知られている。  しかし、それでも尚、桜龍はそんな谷口に動じない。  この場に相棒である高橋和仁がいればそれなりにうまく場を納めたのかもしれないが、あいにくトイレに行っている。その後はおおかた喫煙所にでも寄っているのだろう。  女性誘拐連続殺人事件でてんてこ舞いになっている刑事たちの数少ない息抜きだ。高橋のそんな態度は咎められるものではない。  実際、ふたりは午前中の聞き込みと捜査を終えて、一度、署に戻ってきたばかりだ。 「おいっ」  先に堪忍袋の緒が切れたのは谷口のほうだ。  対して桜龍のほうは、驚くほど気が長い。  大きな手を伸ばして桜龍の襟元を掴んだ谷口は、ぎろりと凶悪な視線を若い娘に向けた。これが所轄の若い婦警だったらそれだけで涙目になりそうだ。  怒りの混じった谷口の声に、桜龍がにこりと笑う。 「いけませんわ、話し合いをしようにもそちらがそんなに感情的になっていては、話し合いのしようもありません。希さんのことを聞きたいなら、もう少し冷静になっていただいてもいいと思うんですけれど」  静かな声だ。  捜査一課の刑事たちはこの光景を何度も見た。  桜龍が高橋と相棒になったばかりの頃、短気な高橋がそれこそ毎日のようになにかにつけては突っかかっていた。それでも、桜龍は笑顔を崩すことはなかった。 「なんだと……?」  谷口が柔らかな桜龍の言葉に反応を返した瞬間だ。どうやったのか、桜龍はするりと自分に掴みかかっている大柄な谷口康仁の腕をこともなげに外してから、そのまま沈むように腰をかがめてからわずかな瞬間に伸ばされていた長い腕を抱え込む。  相手は若く華奢な女だという油断もあったかもしれない。  あっけなく彼の直立していた足は、桜龍に片方を払われて体勢を崩した。 「相手が女だからって甘く見ない方がいいですよ」  その言葉とほぼ同時に、桜龍は見事な一本背負いで、巨体をそのまま並ぶデスクにたたきつけた。  ガシャン、ドシャンという派手な音に、やっと戻ってきたらしい高橋は、数年前の自分の姿を思い出したのか言葉もなく瞠目した。 「……――なんだ、その、賑やかだな」 「すみません、ちょっと谷口さんの体が大きくて、ほかの方の机にも被害が……」  てへぺろ、とでも表現できそうな困った笑顔でそう言った彼女に、高橋はゆっくりとデスクの上でひっくり返って逆さまになっている谷口の強面を覗き込んだ。 「マルボウだから知らないんだろうが、あいつ、見かけによらず結構凶悪だから、あんまり噛みつかない方が得策だぜ? 谷口さんよ」 「なんですか、高橋さん。人をその辺の野良猫みたいな表現は……!」 「やー、まさかマルボウのでかいのを投げ飛ばすとは思わなかったぜ。現場を是非見てみたかった。りゅー」 「高橋さんのことも投げてあげてもいいんですよ?」 「……それは遠慮しとく。おまえさんには随分投げられたからな」  片手を上げて降参ポーズを取った高橋に、桜龍は残念だとでも言いたげに肩をすくめてみせる。  そんなふたりの捜査一課の刑事のやりとりに、やっと我に返ったのか、谷口がデスクの上でなんとか体勢を直すと、立ち上がる。 「大丈夫ですか? 怪我はしてないと思うんですけど」 「驚いたな、あんた柔道の有段者か?」 「まぁ、柔道もやってますけど……」  谷口の言葉に口ごもる桜龍に、高橋が助け船を出すように口を挟んだ。 「そいつ、だいたいの武道は段持ってるから、殴りかかるときは気をつけた方がいいですよ。容疑者なんて、そいつに半殺しにされかけたのもいますからね」  人間というものは見た目ではない。 「人聞きの悪いこと言わないでください! だいたい半殺しなんてしてません。ちょっと動けないくらいに消耗させる程度です」 「……世間じゃ充分それを半殺しって言わねーか?」 「わたし、相手にひどい怪我なんて負わせたことありませんよ?」 「それは、まぁ……確かに」  もはや谷口が何のようで来ているのかも忘れているような、桜龍は高橋と普段と変わらないだろうやりとりをしている。 「……おい」  そこでやっと谷口がぼそりと口を挟んだ。 「俺だって暇じゃないんだが……」 「あ、そうでした。希さんのことが聞きたいっていらしたんでしたっけ?」  桜龍は先ほど威嚇してきた相手に対して、なんでもなかったような様子でにっこりと笑った。 「すみませんね、谷口さん。こいつかなり天然はいってるから」 「……天然?」 「言っとくがほめてねぇからな」  始まったよ、高橋とりゅーちゃんの夫婦(めおと)漫才。  こそこそとあちらこちらから笑い声が聞こえだした。  それに気分を害したのだろう。  谷口はくるりと踵を返した。 「こんなところじゃ話にならねぇ、ちょっと場所変えるぞ。それでもいいか?」 「かまいませんよ。でも一般の方が気後れしてしまわないように気をつけてくださいね」

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