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5 ひとときの安息

「その罪は、わたくしも本来は負うべきものではありませんか?」  死に装束にも見える白い着物を身につけた少女はそう言った。  年の頃は十七歳くらいだろう。  赤い牡丹の花が着物の裾に描かれているのが、ことさらに彼女の「白さ」を際立たせている。  彼女は、物心ついた頃から一貫して二条ささめと八坂章鞆の処罰に対して異議を唱え続けていた。それこそ、五、六歳の頃からだ。 「しかし、白凰様」 「わたくしは、わたくしの意思であの時代、里を抜けたのです。でしたら、翡翠様の言いつけを守り抜いて天寿を全うされたささめ様をお咎めになるのは筋違いではないかと申し上げているのです」  彼女には、生後まもなく過去の記憶があった。  それは和泉一族でも、また小鳥遊家でも珍しいものだった。  そして、その姿に、和泉一族の人間は生まれたばかりの赤子がかつて族長を務めた「和泉白凰」であることを確信した。 「わたくしは、章鞆に守られることができて幸せでした。だから、章鞆には罪を負ってもらいたくなかった。それだけがわたくしの願いでした。だというのに、主人の言いつけを守った守り役の生まれ変わった方の命を狙うのは今更間違っていることではありませんか?」  ――そう。  自分は、翡翠にも二条にも憎しみなど抱いてはいない。  かつても、そして今も。  ただ、翡翠を思う二条の苦しみを思うと胸が痛んだ。 「わたくしと章鞆――大斗(ひろと)は里に危険を招いたことは罪に問われないというのに、章鞆が主人を亡くした守り役の心内を知りたいと、ささめ様に尋ねただけでそれが罪になるというのなら、わたくしは今の一族の勝手を許すことなどできません」  次の族長になることが確定している白凰は端座したままで告げる。 「翡翠様は重大な任をやり遂げた。そして命を落とされたのです。どうして守り役の心の痛みを察してやることができないのですか」  おそらく、彼女は、かつて白凰と呼ばれたときのままの白凰だ。 「……――白凰様」 「これ以上、そんな話は聞きたくありません。お下がりください」  ぴしゃりと言い放った彼女は、背後に控える現在の守り役である白木大斗を見つめてほほえんだ。  彼こそ彼女が心から信頼した男だ。  八坂章鞆――白木大斗。  なにか言いたげな顔で、それでも口を開くことをせずに彼女の部屋を出て行った男を見送ってから大斗は視線を白凰に向けた。 「お変わりありませんね。あなたはあのときも、そして今もとても心がお強い」  あの時。  彼女は八坂章鞆を守るために自害した。 「……大斗、今度は共に生きて、共に逝けるよう、わたくしは願っています」  今度こそ、主人と守り役として共にありたい。  主人と守り役は強い絆で結ばれている。  それは仮に、主人が結婚をしても変わらない。  妻――あるいは夫とは変えられないものこそ、守り役だった。  現在の当主を務める老人は、妻と、そして十歳年長の守り役の男と共に暮らしている。和泉家ではそういうものなのだ。  もちろん、守り役を持った者が全て当主になるというわけではない。  強い力を持つ和泉一族の人間にはなんらかの義務があると言われている。  その中で、より強い者が和泉一族の当主となるのだ。  ほっそりとした腕が伸びる。  その腕を受け止めて、白木大斗は彼女の体を強い力で抱きしめた。  あの時……、崖から身を投じた彼女を受け止められなかった。  抱き留められなかった。それが白木の中には未だに無念として心に残る。 「あの時、わたしはこうしてあなたをお救いしてさしあげたかったのです」 「……わたくしも、あなたの命を救いたかったの」  互いを思い、互いを委ねる。  それが和泉一族の主人と守り役の特殊な関係だった。   * 「病院なんてやめろ」  唐突に恋人に力強い声で言われて、希は困惑した。  今までは、希のやることに特に関心を払ってこなかった恋人の言葉に動揺して肩を揺らす。  金魚鉢の中をゆっくりと泳ぐ鯉の稚魚を見つめていた、希は困惑のままに首を回して沢村を振り返る。 「なにを……、突然」 「おまえは俺の恋人だ。それだけで、いろいろ危険がつきまとう。陳内会がとうとう関東進出を目論んで動き出したらしい。おまえのことが心配だ」 「……ですが」 「どうせ、おまえは一族の中では必要とされてないんだろ? だったら、俺のところへ来い。俺にはおまえが必要なんだ。わかるな?」 「いえ、あの……」  希には小鳥遊家の長老会から言いつけを受けている。  それが希に与えられた役目だと思っていた。だから、それさえあれば生まれた家柄からも必要とされていると思いたかった。 「……僕にも、役目が……」  どもりがちになる彼の言葉。  ソファから立ち上がった沢村は、金魚鉢の前で立ち尽くしている青年にゆっくりと近づいて、その腰を強く抱き寄せた。 「おまえはそれが、本当におまえに与えられた役目だと思っているのか? ヤクザの世界でたとえるなら、どうでもいいチンピラにどうでもいい仕事を任せるってことと同じなんだぞ」  どうでもいいこと。  誰にでもできること。 「おまえがやらされてることは、教えてやれば猿だってできる仕事だって言ってるんだ。家の命令がなんだって? 俺は、おまえの親からおまえを託されてるんだ。だから、俺にはおまえを守る義務がある。そしておまえは俺にとって替えのきかない存在だ。それはわかるな?」 「でも、……きっと辞表は受け取ってもらえません」  思い詰めた様子で呟いた希に、沢村がにやりと笑う。 「そんなもん出さなくてもいいだろ。どうせ認められないんだ。だったら、家出してくればいい。おまえの家は、ここと、俺がおまえに贈った屋敷だけでいいだろ」  そう言ってから、反論しようとする唇に、沢村は自分の唇を重ねた。なにか言いかけただろう薄く開いた希の唇に、有無を言わせずに舌を差し入れて蹂躙する。息をすることも許されないような、そんな激しいキスに希の膝がかすかに笑う。  後ろ手に桐作りのチェストに手をついて希は体を支えた。 「金魚鉢……」  苦しげな息の下から、やっとの想いでキスの合間にそう告げると、沢村はにやりと唇の端で笑ってから、希の体を横抱きにして抱え上げた。  逞しい体、強い肉体。  そして誰もがひれ伏す権力。  その全てが希には無縁のものだ。  もしくは、彼のものになってもいいと、そうも思った。 「おまえが病院勤務だとこうして抱くのも時間が気になる」 「……俊明さん……」 「久しぶりなんだ。俺を楽しませろ」  優しくベッドに下ろされて、希は俊明の深い黒い瞳を見つめ返した。  再び降りてくる沢村の唇に、青年はそのままゆっくりと目を伏せた。彼に身を差し出すことは嫌いではない。自分には持っていない強引さもまた魅力だった。  だけれども。  募るっていくのは不安だった。  本当に、小鳥遊という家を捨てても良いのか。  そうすることによって、自分にとって安らぎが得られるのか。どうすればいいのかわからなくなって、希は脇腹をなでながら口づけてくる男に身を委ねた。 「大丈夫だから、ここにいろ」  極道の看板は伊達ではない。  たとえ、呪術師だろうがなんだろうが、対峙してみせる。  小鳥遊鯉華という女にたきつけられたという事実も否めないが、そうすることもまた希のためなのだと、沢村には思えた。  彼の気弱すぎる性質を、わかっていながら自由にさせていた。  しかし、気が小さくて「求められれば」拒めない性格も、沢村はわかっていたのだ。それをわかっていて自由にさせているということは、希が希の意思ではなにひとつ自由にすることができないということだ。  彼を心の底から大切に思うならば、もっと強引に奪えば良かったのだ。 「でも……っ、ふ……ぁ、どうすれ、ば、いいのか……わからな……っっ」  帯を緩めて着物の前を強引な力で開いた沢村は、襦袢の下で自己主張する硬く尖りかけて立ち上がった乳首に爪を立てた。 「俺がリードしてやるから心配するな」 「……っつ、ぁ……ん」  片方の乳首に爪を立て、もう片方は指の腹でこね回す。口の中を蹂躙する沢村の舌が、口内の希の性感帯を刺激してそれだけで腰がじんわりと重たくなった。  もどかしげに体をよじる希をじらすように、耳たぶを甘噛みしてから、その穴にぬめりを帯びた舌を差し入れて、そうしてやってから耳全体を食べようとするように口に含んだ。その間も両方の乳首にいたずらを仕掛ける指の動きは止まらない。 「……や、ぁ……、そ、んな……」  胸だけをはだけた和服姿の希の色めいた象牙色の肌を手のひら全体でなで回してやれば、それだけで身につけた着物の下で希の性器が勃起していくのが体を重ねている沢村にははっきりとわかった。 「胸だけでイけるだろ?」  低く耳元で問われてそれだけで、希の下半身はぞくりと熱に襲われた。  出会い、体を重ねた分だけ男に開発された体は、もはや希の意思を離れて、彼の言葉ひとつで簡単に沢村の意のままになった。  胸全体と、乳首を手で、そして首の周りと弱い耳と構内を唇で愛撫されて、それだけでどくりと重い性感に射精した。  希の股間に手のひらをあてがって、力を失った生気を確認すると緩めた帯はそのままにして着物の裾を足下から割り開く。その嫌らしい光景は沢村を興奮させるには充分だった。  ヘッドレストに置かれていたローションの小瓶から手のひらに垂らすと、沢村は慎ましく窄まった希の後孔に塗り広げるようにしてから、ローションで濡れた指先を差し入れた。 「いつも、おまえとセックスをするのが久しぶりになりすぎて、ここはいつも硬く窄まっちまうな」 「……――っ」  初めは浅く。  ゆっくりと長い指を出し入れするように内側の粘膜に傷を作らないようにこすり上げるようにしてやると、希は声にならない声を上げてずり上がって逃げようとする。 「逃げるな」  腰を引き寄せて、抜き出した人差し指に中指を添えて、そのまま再び希の内側へと差し込んだ。今度は中を押し広げるように、そして的確に前立腺を探り当てて強く押し上げてやる。  そうしてやれば、先ほどまで萎えていた希の分身は、確実な性感を拾い上げてゆるやかに立ち上がっていく。 「いいぞ、今日から毎晩、俺がおまえの体を仕込んでやる。いつでも俺を受け入れられるようにな。そうすれば気も変わるだろ」  やがて三本にまで増やされた指が希の内側をゆっくりと開いていった。 「今日はコックリングはしないから、射精はするなよ」 「……ぁ、あ」  言われても自信などなかった。  希はどこかうつろな眼差しで沢村を見上げて、その肩に担ぎ上げられた自分の足を認めた。隆々と立ち上がる沢村のペニスを押し当てられて、受け入れる希の後孔はひくりとものほしげにひくついた。 「……や、ぁ、だめ……」  恋人の抗議に耳も貸さず、沢村の性器の先端の太い部分がずぶりと力強く押し込まれた。衝撃に反り返った背中は宙に浮く。  息もつかないほどの強さで、一息に沢村は根元まで一気に押し入れると、希は奥の狭い場所をも貫かれてそのまま呼吸を止めた。 「……っっひ、ぃ」  体を引き裂かれるような痛みと、そして快楽。  きつい締め付けは沢村にも性器越しに伝わるのか、彼の眉がひそめられているのがかすむ希の視界にかすかに映った。  そうして、ずるりとカリ首まで引き抜いては、彼の最奥の窄まりをも割開くように幾度も根元まで突き入れて、それを繰り返した。  射精するなという、恋人の命令に無意識の中でも聞き入れようとしているのか、抽挿の度に声を上げながら、なんとか精を吐き出すことをこらえている。  それは、希がその先にある絶頂を知っているからだ。 「あっ、あぁ……っっ、俊明さ、……ぁああ、や、だめ……っ」  だめ、もっと。  そう繰り返しながら、彼の突き入れられるペニスに翻弄されて希は身もだえた。  それから沢村はぐるりと挿入したままで体勢を入れ替えると、希の体をうつぶせにして膝立ちにさせた。  力の入らない腕では体を支えきれずに、腰だけを沢村の手で引き上げられて、強くたたきつけるように性器を突き込まれてはそのたびに嬌声を上げた。なんとかしてシーツを掴もうとして指を泳がせるが、奥まで貫かれる度に、やがて希の体から力が抜けていった。  絶頂は、目の前に訪れている。  激しい呼吸を繰り返しながら、かろうじて沢村を振り返った。  そうすると沢村は腰を支えていた、片手を離して上から希の手を握り混むようにしてがっちりと指を絡めてくる。その安心感に、希はさらに自分の中へと入り込もうとしてくる性器を掠れた声を上げながら受け入れて、沢村が、指も届かないほど奥で射精したのを感じて、半ば薄れていく意識でぐったりと脱力した。 「これで終わりじゃないぞ?」 「……っん」  再び浅く抜いた性器はそのままにして、体勢を変えた沢村は向かい会うような体位をとってそのまま今度は男のほうがベッドに横になった。  ほとんど上半身に力が入らない希の体を両手で支えながら、今度は沢村は下からベッドのスプリングを利用して思い切り彼の体内を暴き始めた。  もはや声もほとんど出ない。 「んっっ、あ、ぁ……、だめ、だめ……、そんなにしたら……」  射精を伴わずに達したせいで体は敏感になるばかりで、熱はさらに上がっていく。 「何度でもイけ。射精しない方が気持ちが良いだろう?」  つながった部分からとろりと零れ出す精液が潤滑剤の代わりにもなって、沢村が何度か射精する度に訪れる、これ以上はないほどのドライオーガズムに希は深く溺れていった。

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