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2 魂の絆と血の絆

 眠る女を見下ろしていた。  やせ細った青年は、青白い肌を月明かりにさらに儚げに映しながら、絆を紡いだ、年上の女を見下ろしている。  彼女は、彼にとって姉であり、母親であり、教師であり、守護者であった。  そして一族の仕来りによって、人生――生涯の生命(いのち)を共にすべしと運命(さだ)められた、嫡妻(ちゃくさい)とはまた異なる女性。  ()り役――二条ささめ。  かすかに声は届いていた。  しかし連日連夜、主人である青年の世話に疲れ切っていた彼女が夜は滅多なことがない限り目を覚ますことはない。  それが、主人の穏やかな気配であればなおさらだ。  彼女には、どれほど感謝してもしきれない。  自分という存在が、彼女の人生を狂わせた。  そして、これからも狂わせ続けるのだろう。それをわかっていて、彼女が死ぬことを青年には認められなかった。  自分がこの世から去るからと言って、彼女まで共に逝くべきではない。  音もなく床に座った藤原翡翠は、夜の闇に溶け込むような静けさをまとって、そっと彼女の眠る布団の端に指先で触れる。  翡翠が考えていることを、二条がわかるように、翡翠も同じように二条の考えていることがわかる。そして互いに理解し合えない部分があることも、互いが知っていた。  そっと眠る彼女の顔に覆い被さるようにして、閉ざされた瞼に隠された思慮深い瞳と、整った顔立ちを見下ろした。 「……あなたは、わたしが死の際に立った時、きっとあなたはわたしに呪いをかけるのだろう。だけれども、……――二条。……――ささめ、ささめ……。わたしのためにあなたが魂を滅ぼす必用などない。……だから、わたしは最後の力であなたに呪いをかける。あなたとわたしの魂は強い絆で結ばれている……、それはわたしが幼い頃、あなたを選んだからだ。そのためにあなたの魂はわたしに縛られた……。あなたは、きっと、これからもずっと長い時間この絆に囚われ続けるのだろう。わたしのせいだ……。どうか許してほしい……」  体が熱い。  呼吸が荒くなってきたのを感じて、翡翠は一度きつく瞼を閉じてから、なんとか呼吸を整えると胸の前で拳を強く握る。  呪いを完成させるまで、意識を失ってはならない。 「もしも、あなたがわたしと交わした魂の絆を越える、”血の絆”を手に入れた時、わたしとの魂の絆は途切れることになるだろう。だから、いつか、あなたが血の絆を結ぶ相手が現れたとき、どうかあなたの血をもって、その人と絆を紡いでほしい……」  翡翠は、二条を起こさぬように、そっと額と額をふれあわせた。  互いの頭蓋内に、微弱な波動がつながってそしてやがて消えていく。  それはまるで静かな稲妻のようだ。  そこまで終わって、翡翠はそのまま眠る女の傍らに崩れるように倒れ込んだ。   * 「……翡翠様……っ!」  跳ね起きたのは希だ。 「……どうした」  腕の中の体が、こわばったのを感じて、すでに目を覚ましていた沢村は、低く静かな声で問いかける。 「……と、しあき、さん?」 「うなされていた。また、悪い夢でもみたか?」 「……うなされて?」  眠りの中で、立って自分を見下ろしていた青年がいた。  彼が何を言っていたのかは、希はほとんど覚えていない。ただ、「聞き慣れた」彼の声が心地よいと思った。 「どんな夢だったんだ?」  あやすように背中を撫でられて、希は沢村の腕の中で目を伏せる。別に後ろ暗い気持ちからではない。 「……夢」  呟いてから思いだそうと視線を彷徨わせた。 「あの方がいました……。明け方に目が覚めたら、あの方は僕の寝ているすぐ横で倒れ込んでいらして、ひどい熱が出ていました」  その段になって初めて二条は屋敷の侍従を呼びつけた。  青年を寝室へ運び、寝間着姿のままで高熱を出している青年の看病に当たっていた。もう、すぐそこに死が差し迫っていた。 「あの方は、言ったんです」  ――どうか、わたしの後を追わないでほしい、と。  一族の仕来りを破ったとしても、主人の命令は誰よりも守り役にとっては絶対だった。自分にその命令を破る勇気があったなら、どれほど救われただろう。 「……あの頃から、僕はなにひとつ変われていない。弱くて、無力だ……」  力に従うことしかできない能なしだ。  希はそのことを自ら責めた。 「弱くて、無力でも構わん。おまえには俺がいる。仮に、どんな非現実的な危険からでも、絶対に俺が守ってやる。俺の命にかけて」  青い瞳に不安の光を揺らめかせて見上げてくる恋人を、しっかりと抱きしめて強く沢村が断言した。  それはそう――。  彼の家系がどんな奇怪を秘めていたとしても、驚くつもりなど毛頭なかった。 「俊明さん……」 「それはそうと、小鳥遊のあの女の刑事(でか)……」 「桜龍さんですか?」 「そう、あの綺麗な姉さんだ。あの姉さんはおまえに気があるんじゃないのか?」  沢村は桜龍が希を見つめる眼差しが、ひどく物憂げであることをとっくに看破している。小鳥遊桜龍がなぜあんな眼差しで希を見つめるのか、沢村にはわからない。  もしかしたら、小鳥遊桜龍が、希に恋心を抱いているのならば、沢村にとっては恋敵になるわけだが、腕の中から自分を見上げてくる希は一度睫毛をしばたたかせてから、瞠目した。 「……え? 気があるって、桜龍さんが、僕に、ですか?」  ぽかんとして驚いた声を出した希に、沢村は「違うのか?」と問いかける。  小鳥遊家では、血族婚以外認められていない。  だから、小鳥遊桜龍が希に恋愛感情を抱いたところでおかしくないと思ったのだが、そんな余計な沢村の考えは、希の驚きすぎた瞳が正直に否定している。 「確かに、桜龍さんはとても素敵な人ですが、僕なんかとかかわるのは本来、長老会から禁じられているんです。でも、いつも桜龍さんだけは宴席で僕のことを気にかけてくださいます……。それに、あなたのことを好きになった時も最初に相談したのも桜龍さんなんです。だから、僕が誰に思いを寄せているのかも知っている桜龍さんが、僕のことを好きになってくれることなんてありません」  一族には必用とはされない「無為の子」である希。  そして、一族にとって誰よりも「特別」な桜龍。 「それに、桜龍さんには慕われる方がいると思うんです……」 「どうしてそう思うんだ?」 「……え? だって”その人”と一緒にいるときや、その人のことを話してくださる時の桜龍さんの表情は今まで誰にも向けられたことのないものですから……」  氷のような白灰と藤色の瞳で、宴席に座る彼女が、いつからか希にだけ違う感情の瞳を見せるようになった。  きっとそれは希とは秘密を共有しているとでも思っているのだろう。 「桜龍さんは、誰にも心を寄せてはならないと、長老会から厳命されています。ですが、人の心は理屈じゃありませんから……」 「じゃあ、少なくともあの女はおまえに気があるわけじゃないんだな?」 「ち、違います! 絶対にありません!」 「まぁ、希がそこまで力一杯断言するなら信じてやろう」  喉を鳴らして笑った沢村に、やっと希はほっとした様子で柔らかな笑顔になった。 「……――やっと笑ったな」 「え?」 「目を覚ましてからずっと眉間にしわが寄っていたぞ」  右の人差し指でぐりぐりと眉間を押し込まれて、希はその指の暖かさとくすぐったさに胸の内側が暖かくなった。 「おまえの悲しそうな顔は余り見たくない」  そう言って、沢村は希を腕に抱きしめたまま、その首筋に自分の唇を押しつけた。  同時に寝間着の帯をするりとほどいていく器用さに、希は思わず羞恥に駆られて腰をよじった。 「大丈夫、俺の部屋だ。誰も来ない」  沢村の広いベッド。  そこはひどく希を安心させる。 「俺をいつまでお預けにさせておくつもりだ?」  誘拐されてから二週間、沢村は希の体を抱いていなかった。 「……ぁ」  寝間着の裾から割り込んだ手のひらで大股の内側を探るようになで上げられて、掠れた声が希の喉から漏れた。 「べ、別に僕が嫌がったわけじゃ……」 「……――なら、いいんだな?」  唇の端をつり上げてにやりと笑う獰猛な肉食獣に、希の腰が思わず引ける。それを強い力で引き寄せて、そのまま腰から背中へ、そして肩へと這い上がる手が希の身につけていた寝間着を強引に割り開いた。帯は緩く腰に絡められたまま、寝間着の前は上から下まで全開にされた姿で、下着だけがビキニというのがひどくいやらしくて、それが沢村を満足させる。  そのビキニの腰の部分に指を引っかけて中途半端に下着を引きずり下ろすと、唐突に始まった沢村の行為に翻弄されながら、次々と感じる部分を暴かれていく。 「高天の奴は、おまえが奥を突かれて喜ぶ奴だってことは知らなかったんだろ?」  片方の乳首をくわえ、もう片方の乳首を指先でこねくり回しながら問いかける沢村に、ぶるりと背筋を震わせた希には、とても答える余裕などあるわけもない。  甘噛みをされてぷっくりと立ち上がった乳首は何度も舌を絡められ、唇でこねられ赤く充血していく。 「こっちが寂しそうだな」  やがて顔を上げてから、両方の乳首を見比べた沢村が指でもてあそんでいた方の乳首へと食らいついた。  そうしている間に、沢村は希のために作らせたプラチナ製のコックリングをいつの間にか、ペニスの根元につけてまだ半勃ちの柔らかなそれを手のひらで包み込む。  胸に施されていた愛撫はやがてゆっくりと脇腹や、腰、臍をなめ回して成人男性にしては薄めの叢に頬を寄せた。頭髪同様、そこも金髪で薄い陰毛はどこか少年めいた色気を残していた。  ペニスを横からしゃぶるようになめられて、希の体がびくりと震える。  最も感じる男の部分にダイレクトな愛撫を施されて、血液が腰へと集まっていく。 「……っっ!」  ペニスの根元を締め付けるコックリングにそこで初めて希は気がついた。とはいえ、希は沢村にそうされることを嫌ってはいない。  自分のために作らせた一品物。  そう思うと、そうした性具さえも沢村の希に対する愛の形に感じられて、空虚な体と心を満たされる思いにさせられた。  沢村と出会う前まで、希には「希のもの」と呼べるものなどなにひとつなかった。おそらく彼自身でさえ、「小鳥遊家の物」でしかなかったのだ。 「……と、し、あきさ……」 「なんだ?」 「……もっと」  沢村とのセックスは久しぶり、というほどのものでもない。けれども、高天に抱かれたというリアルな記憶を希は消し去りたくて自分の腰のあたりを彷徨う沢村の頭をかろうじて抱きしめた。 「もっと、して……っっ」  沢村のセックスでなければ満たされない。 「もちろん」  当然だと、言わんばかりの男の長い腕がベッドサイドのテーブルに伸びて、その引き出しを開けるとローションの瓶を取り出した。 「久しぶりだからな、おまえがよがり狂うくらいのやつを使ってやる」  ローションからは花の香りのようなものが漂った。  にやりと笑った沢村は、手のひらに広げたローションを指先まで絡めてから、そのままコックリングをはめられた希の性器を掴むと強い快感を呼び起こすように丹念にしごき上げながら、腰をくねらせてその愛撫を受け入れる希を見下ろした。 「……ゃ、熱……、な、に……」 「気持ちが良いだろ?」  媚薬入りのローションだということはわかっていても、その強い性感に声を上げずにはいられない。  ペニスそのものに直接与えられる快感に、しかしそれでも希はその程度で達することなど許されなかった。  ひとしきり希の性器を愛撫することを楽しんだ沢村は、それからようやく自分の足の上に希の腰を抱き上げた。青年の膝を自分の両肩に担いで普段は秘められた場所を自分の目の前に晒す。  媚薬をまとわせた指先でその入り口を軽く押し込むようにして揉んでから、息を潜めて続く刺激を待つ希を見やって穏やかに沢村が笑うと、彼の腰を器用に支えたまま、前のめりになって顔を近づけると希の唇を奪った。 「……っんん!」  同時に、沢村の長く節の立った人差し指が希の秘所に入り込んでくる。強い媚薬のせいですぐに腰が揺れ出した希を宥めながら、キスを交わしつつ男はゆっくりと彼の奥の粘膜を緩めていく。  ローションを足しながらゆっくりと指を抽挿する頃には、希は自分の手の甲で唇から零れる嬌声をなんとか押しとどめながら、沢村から与えられる快楽に身を委ねていた。 「……ぁぁあ、と、……あきさ」  ぐちゅりと、本来ではあり得ない音を立てるそこ。  その突き当たりの奥が物足りなくて、希はなんとかそれを訴えたくて青い瞳を潤ませる。 「なんだ?」 「……っと、奥……」 「聞こえないぞ」 「もっと……、奥に、……きて」  指では足りない。 「……足りない、もっと……」 「かわいいのは相変わらずだな」  すっかりほぐれて沢村を待ちわびるその場所に、そそり立つ自分のペニスにローションを絡めるとひくつくそこに押しつけた。  わざと前立腺をこすりつけるようにして挿入してやれば、希はその刺激だけでも体を弓のようにしならせて喘ぐ。  長い楔を全身で受け入れて、奥の狭まる場所まで挿入すると、沢村はそこでいったん行為を止めた。 「希」  汗の浮いた額を沢村は指で拭ってやった。  沢村が開発した希が最も求めるところにはいきなり突き入れようとはせずに、ゆっくりとしたストロークで恋人が自分の手の中で熟れていくのを凝視していた。  勃起して射精することもできない性器を時折、優しく撫でてやればそれだけでも希の体はびくりと大きく震える。  ほしいところにほしいものをもらえないもどかしさに耐えるように、強くシーツを掴む指を沢村は残酷にほどいて自分の背中に回させた。 「腰が揺れている。そんなにほしいのか?」  問いかけられて、汗をしたたらせながらも涼しい顔をしたままの沢村を薄く目を開いて見つめ返すと、互いの汗で滑りそうになる手で必死に男にしがみついてかろうじて腰を沢村に押しつけた。  その先にあるのは強烈な快楽だ。 「……て」  して、とも、きて、ともとれる希の言葉に、沢村はスプリングのきいたベッドに希の肩を支えると、腰を高く上げてスプリングを利用して突然激しい抽挿を始めた。 「ひっ……! あぁあ、やぁ……んんっ!」  狭いところまで突き込まれたと思えば、再び前立腺を刺激しながら抜けるぎりぎりまで引き抜いては、その行為を繰り返す。  激しい律動に、声もなく希が軽く達して全身から文字通り力が抜けた瞬間だ。いきなり、奥の狭い場所をこね回していた沢村のペニスが、きつい筋肉をくぐり抜けて「そこ」に入り込んできた。 「……――っぁ」 「こっちもはずしてやろう。もういいだろう」  コックリングを外されて、あり得ないほど奥に男を迎え入れたままで体位を変えられて、希は掠れた声を上げた。  唇の端から零れる唾液も止められない。 「さぁ、ここからはおまえの好きな天国だ」  沢村と向かい会うような形で座らされ、本来は受け入れるべきではないところで、あり得ないところまで男のものをくわえ込んで希は蜘蛛の巣のような快楽に揺られながら、恋人の逞しい肩にもたれかかる。  心から、そして全身で、沢村に自分を預けてくる希がかわいらしくて、その背中を軽く撫でながら、さらに奥にねじ込むようにベッドに座ったままで突き上げた。  もはや、希の唇からは小さな喘ぎしか聞こえてこないが、その汗みずくの腕が彼を求めるように弱々しく回されてくるのが愛おしい。 「射精したいか?」  尋ねると、希はゆるゆると沢村の肩の上で左右にかぶりを振った。 「……もっと」  希のペニスからたらりと零れるのは透明な液体だ。 「あとで射精させてやる」 「……――ん」  男にしては長すぎる快楽の頂点にいる希は、沢村のなすがままだ。  どれだけそうしていたか、幾度も射精を伴わないドライオーガズムを味わった希の、そのきつい場所からずるりとペニスを抜き出して再び、今度はふたりで上り詰めるために沢村は希の体をベッドに横たえて突き上げ始める。 「……ゃ、ぁぁ……――、とし、あ、きさ……」  掠れた声はもう出ない。 「も、無理……んっ、あ、ぁっ、う……っ、駄目、も、……っ」 「出せよ」  言われた瞬間、先ほどまで最奥をさらに貫いていた沢村のペニスがそこにわずかに入り込んだ。  その衝撃で、希は「ひ……っ」と悲鳴を上げてそのまま射精した。沢村も希が吐き出した精液の温かな感触を感じながら、一息に希の最も好むところに突き入れると精を放つ。  やがて、沢村が満足感を満たしてずるりと希からペニスを引き抜くと、生理的な現象か、ぶるりと震えたが、そのまま意識を飛ばした。  サイドテーブルのモバイルが一瞬鳴ったが、沢村は希が起きる前に通話モードに切り替えてベッドから足を下ろす。 「……わかった、すぐに行く。あと平井を呼んでくれ。希の後始末を頼む」  事務的な程淡々と告げる彼は、ちらりと肩越しに希の寝顔を見やってから、通話を終えた。  乱れた前髪を直してやって、薄いタオルを掛けてやる。  ものの数分とたたないうちに、シャワーと着替えを沢村が終えた頃に平井恭一が姿を見せた。 「起こすなよ」 「承知しました」

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