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6 弱きを助く者

 目が覚めたのは太陽が傾きかけた夕方の時刻だ。  玄関先で兄にキスを仕掛けられて、そのまま寝室での行為に及んでしまったことを佳渦は思い出した。  ベッドの枕元にたたまれた寝間着に手を伸ばそうとして、その腕を兄の藤火に掴み引き戻される。 「……兄さん?」 「今日はこの後の予定はないんだろう?」 「……ありませんけど」  口ごもりながら応じた佳渦は、肌に感じる兄の猛るペニスを感じて困ったような顔をして自分を組み敷く男の瞳を見上げた。  兄と佳渦は左右の瞳が逆に同じ色彩をしている。  佳渦は左目が群青、右目が藍。  藤火は左目が藍、右目が群青だ。  髪の色は妹の桜龍と同じく黒髪がメインに、何房か集中して銀色の髪が集まっている。 「そうか」  応じた藤火は、つい先ほどまで柔らかく彼を迎え入れていた佳渦の後孔に性器を押しつける。  中にぬめるローションと、精液のおかげで再びの挿入にも抵抗もなく受け入れる佳渦のそこは彼の火照りを表しているように熱く締め付ける。 「力を抜け」 「……っ、兄さんのが、大きすぎる、んです……っ」  深い呼吸を繰り返しながら、体から力を抜こうとするが差し込まれる性器の大きさに、佳渦の体は悲鳴を上げた。  その熱は、自分たちが生きていることを生々しく伝えてくる。  彼らに妹が生まれた時、一家は末娘は夭逝するだろうと宣告された。  その時がいつなのか。それは両親にも、ふたりの兄たちにもわからない。そして末娘の桜龍は成人して、警察官としての道を歩き始めた。  普通の事務員のような仕事と比べれば、危険のつきまとう仕事である。  しかも、今ではその優秀な検挙率から刑事として犯罪捜査に当たっている。そして彼女が今捜査に当たっているのは、首都圏を賑わせている連続女性誘拐殺人事件だというではないか。  守秘義務もあって、桜龍は事件について兄たちに対してもそれほど多くは語らないが、それでも危険な任務に従事していることには変わりはない。 「……できるな、ら、僕の寿命を半分でもいい、あの子に分けてあげることがで、きれば……っ」 「そんなことを言うな」  嘆くように呟く佳渦の言葉に、ぐんと奥まで性器を突き込んでから、藤火は膝を曲げて兄を受け入れる弟の足を軽々と肩に担ぎ上げると、柔らかな佳渦の体を折り曲げるようにしてその耳元に唇を寄せた。 「俺は、桜龍と同じように、佳渦も失いたくない」  桜龍は夭逝する。  それは予定調和であり、運命だ。  もしかしたら、救いの手立てはどこかにあるかもしれない。  だけれども、今はそれすらもわからない。  佳渦と藤火は不安の中にいる。 「俺の前から消えるな」 「……兄さん……、兄さん」  規則正しい律動を繰り返され、縋るように佳渦は藤火の短い髪をかきいだいた。  不安は消えていかない。けれど、兄とこうして体をかわしているときだけは、その快楽で不安を頭の片隅に追いやることができた。  兄のペニスの最も太い場所が、狭い入り口のぎりぎりまで引き抜かれては、佳渦の感じる部分をこすり上げるようにしながら再び突き込まれる。  小鳥遊家にあっては別段珍しい関係ではないが、兄ふたりにはどうしても自分たちは妹よりもずっと長く生きることができるという現実に後ろめたいものを感じさせた。  そして、その後ろめたさが、そんな歪な行為となって現れた。 「……っふ、……ぁ、そこ……っ、や、だめ……っっ」 「頭を空っぽにしろ、俺のことだけ感じてればいい」  次兄――藤火の弟、佳渦の頭の中には常に愛してやまない妹の姿がある。  子供の頃からそうだ。  年の離れた藤火よりも、世話好きの佳渦にとって末の妹は誰よりも特別だった。そんな佳渦の表情が、この数年で次第に憂鬱な色を濃くしている。  他でもない愛する妹のことだ。 「ここがいいんだろ?」 「……っ兄さ、……そこ、やっ……っ、おかし、く、なりそ……」  腰を回すように突き当たるそこを突き上げられ、佳渦は痙攣でもするように体を震わせる。背中を弓なりにしならせて胸を突き出す弟に、藤火はそこにツンと立ち上がる胸の尖りに口を寄せる。  そしてべろりと舌先を伸ばすと、触れてほしいと訴えているような乳首に舌を這わせた。 「……っひ」 「桜龍が見たら、卒倒するな」  自分たちの、浅ましい行為を。  彼女はいったいどう思うだろう。  藤火の声が佳渦に届いているのかはわからない。ただ、佳渦は藤火によって与えられる快楽にその体を差し出すだけだ。  感じる不安は、佳渦だけではないのだ。  藤火も同じように、不安を感じていた。  妹――桜龍の寿命に。  かつて、龍をもって生まれる小鳥遊の子供は皇族の懐刀と呼ばれた。その祈りの使い手となり、祈りを成就させる。 「兄さ、ん……、ま、た……イきそ……っ」 「構わん、イけ」 「……っあぁっ」  佳渦の奥をうがちながら藤火が告げる、弟はすでに掠れきった悲鳴を上げて硬直した。突き入れられた藤火のペニスは堅さを保ったままで、佳渦の粘膜のきつい締め付けを味わっている。 「……ぁ」  熱い塊のような兄のペニスを締め付ける佳渦は、藤火がゆっくりと動く度に強い快楽が襲いかかるのを感じながら、困惑した様子で兄を見上げると藤火の大きな手がそっと伸びてきて、組み敷いたままの弟の性器をやんわりと握り混んだ。 「あっ!」  イったはずのペニスは立ち上がったまま、透明な体液をとろりとこぼしている様は、自分で目にしても卑猥に見える。 「おまえはたまに桜龍よりかわいい反応をする」  弟の体の震えが収まってからそう告げた藤火に、佳渦はかっと頬を赤らめて兄の瞳から顔を背けた。  兄に奥を突き上げられ、ペニスにダイレクトな快感を与えられずに射精もせず達してしまったことを恥じる。  恥じる必用もないのだが、それでもなぜだかひどく佳渦を追い詰めた。 「もっと感じて良いぞ」  ゆっくりと、再び動き出した藤火の抽挿に佳渦はドライオーガズムの後の凄絶な快楽にもはや悲鳴すらあげることもできず、掠れた呼吸を上げながら行為に飲み込まれるように溺れていった。  再び佳渦が覚醒したとき、すでに窓の外は暗闇に包まれていた。  長い情事に疲れた体では、夕飯の準備をするのも億劫で兄の腕の中でごろりと体の向きを変えた。 「……腹は減ったか?」 「……兄さんは?」 「俺は別に」 「なにか作りますか?」 「……いや、おまえは休んでいていい。おまえが腹が減ってるなら俺が作るが」 「兄さんに気の利いた食事が作れるんですか?」  苦笑した佳渦の額に口づけをした藤火は、ゆっくりとベッドから体を起こして気怠げに体を横たえている弟を見下ろした。 「まぁ、一応ひとり暮らしはしてるからな」 「棚に、今朝焼いたばかりのパンがあります。あと、コーヒーをいれてくれれば僕もすぐに行きますから」 「わかった」  佳渦が兄のために用意した着物を手にして、シャワーを浴びるために立ち上がった藤火はそうして寝室を出て浴室へと向かった。  そんな兄を見送ってからずくりと重い痛みを訴える腰に鞭を打って起き上がると、上掛けを引き寄せて両膝を抱えてじっと思考の底に沈んだ。  快楽に溺れずにはいられないほど、ふたりがふたりとも不安に駆られていた。そしてその不安は年月を重ねるごとに大きく肥大していく。  長兄は佳渦が見る限りそれほど感情を表に出している様子はないが、どうやら藤火から見た佳渦は不安の塊に見えるらしい。もっとも、兄の心配を佳渦も心当たりがないわけではない。  佳渦は年を重ねるごとに食が細くなって行っているという自覚をしている。  それが体型に出ているのだろう。  長いため息をついてから、佳渦は抱えた膝に顔を埋めた。  桜龍は自分に課された運命と全力で闘っている。そして、長兄はそんな桜龍を優しく、広い心で見守っている。自分まで藤火に心配をかけてはいけないと、頭ではわかっているが、それでも桜龍に対する心配が佳渦をノイローゼ気味に傾けていく。  やがてコーヒーの香りが漂ってきて、佳渦はもう一度ため息をつくと重い腰を上げて寝間着を手にすると立ち上がった。  砕けそうになる膝に力をこめた瞬間、とろりと藤火の放った精液が内股を伝って、その感触にぶるりと背筋を震わせた。   *  後始末を終えて、寝間着を身につけた弟が姿を見せると、兄は着物姿でバスケットに詰め込まれていた丸いパンを口にしていた。 「うまい」 「ありがとうございます」  短い言葉は互いに対する信頼の証だ。  浴室で兄が自分の中に放った体液を掻き出すのにそれなりに時間がかかってしまった。そして、その量が藤火の不安を表しているようで、それが佳渦を申し訳ない気持ちにさせた。 「僕のことなんて心配してくれる時間なんてないはずなのに、いつもすみません」 「おまえは俺の弟だし、桜龍は俺の妹だ。気にするな。弟と妹の面倒を見るのは長男の役目だ」 「……兄さん」  呼びかけて、テーブルを挟んで兄と向かい会うように腰を下ろした佳渦は、考えを口にするために言葉を探すように視線を彷徨わせた。 「桜龍が追いかけている事件のことなんですが……」 「確か、一番最近の被害者が相当ひどい有様だったらしいな」  藤火には、陳内会とも繋がる広い情報網がある。  もっともそれは桜龍も知り得ないことだが。 「どうやら、頭を持って行った奴がいるらしい」 「それは……」 「ま、犬神だろうな」  最も考え得る可能性。  苦しみ抜いて死んだ動物を使うよりも、最も効果的な呪詛だ。 「標的は誰でしょう」 「そりゃ、希だろ」  小鳥遊希――和泉一族に属する魂を秘める者。 「桜龍はそのことを知っているんでしょうか……?」 「知らないだろうな。それに、おまえも黙っていろ。余分なことをすれば黒麒麟に食われるのはこっちだからな」 「……黒麒麟が動いているんですか?」  佳渦が眉をひそめた。  兄のいれたコーヒーに口をつけながら真剣な眼差しをカップの中に落とす。 「どうも、小鳥遊の一部が結託しているらしい。さすがに連中をふたりで相手にするのは相当厳しいだろう」  続いた兄の言葉に佳渦は黙り込んだ。  確かに藤火と佳渦は小鳥遊家にあってトップクラスの異能力を持ってはいるが、それでも限界というものがある。  小鳥遊家の能力も、和泉一族の能力も、決して万能ではない。 「”犬神”を手っ取り早く回収できればいいんだが、連中はそんなに甘くはないだろう」 「どうするんです?」 「……佳渦、俺はおまえを巻き込みたくない。それ以上聞くな。それよりも、希と桜龍の身辺に気を配ってくれ」  意味深長な藤火の言葉に、佳渦は一瞬、それはどういうことかと問いかけそうになったが、聞いたところで兄が答えないことはわかりきっていたから結局口を噤んでしまった。 「希のじいさま……、雀鳳(じゃくほう)様が力を貸してくださるだろう」  長老会に所属する、小鳥遊希の祖父――雀鳳。  小鳥遊家の穏健派のひとりであり、防御型の中でもトップクラスの実力を持つ。 「……わかりました」

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