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第137話〜春〜
その時、玄関が開く音がした。
「あっ、東さん!おかえりなさい…」
「お、落ち着いたね〜。よかった!」
時計を見ると夕方頃だ。
僕がどれだけぼーっとしていたのかがよく分かる。
「ねーねー。突然なんだけどさ、俺料理できないから外で食べない…?」
困った顔で笑う東さんは、どこからどう見ても正統派のイケメンで、女の人ならコロッと恋に落ちちゃうなと思った。
でもそれなら………
「あの!僕、優さんに少しなら料理教わってるんで…簡単なものなら作れます!」
この家に住まわせてもらってるんだ。迷惑だけはかけたくない。
せめて料理だけでも…と思って言ったあとに気づいた。
しまった!
東さんの前で優さんの名前を出してしまった!
家に向かう途中、優さんの名前を出しただけで不機嫌になったんだ。
また……………………………あれ?
予想外なことに、東さんはニコニコとしていた。
「えっ!まじでー?!ちょー嬉しいー!俺今カレー食いたいんだけど作れちゃう!?!」
「あっ、カレーなら。
ていうか、ちょっとビックリしました。」
「ん?何が?」
僕は思い切って疑問に思ったことを口にした。
「てっきり、優さんの名前聞いてまた不機嫌にになると思ったから………」
僕の言葉に、東さんは『あぁ、』と分かりやすく納得する。
「んーーー、でも俺ら、ほんと元々仲悪いってわけじゃなかったんだぜ?」
東さんの言葉にまたしても驚く。
「なんて言うか、俺も優も晴が好きで、最初取り合い?みたいな感じになったんだよなー。」
……………取り合い。
確かにハルは2人に好かれている。
でも明らかに違うのは好きの種類。
東さんは多分……恋愛対象としてハルを見ていないことは分かる。
小さい頃から人の機嫌を伺って生きてきた僕。
人の感情には鋭いと自分で思っている。
だからこそ、東さんはハルに恋心を持っていないと断言出来た。
「んで、そっから何かと文句つけて今に至るーー的な?
でさ、優から伝言」
「?」
「なんか今回の原因って何だかんだ優じゃん?それは本人も分かってたらしくてさ、『ごめん』だって。優も何とか話し合えるようにしてくれるっぽい」
優さんの優しさが伝わってくる。
ハルは優しくて、僕にとって太陽みたいな人なら、その人の周りもとても暖かい。
ハルも、ハルの周りの人も、愛しい人の名前と同じで、春みたいに暖かい。
どんどん、ハルの沼から抜け出せなくなっていく。
ずっとハマっていたいっていう気持ちと、いつか抜け出さなきゃ離れられなくなるって気持ちが葛藤する。
「優さんに伝えておいてください…。気にしないでって。」
「ん、りょーかい。」
「それより、伝言を預かるって、今日会ったんですか?」
「ん?あぁ、南ちゃんを落ち着かせるときに外行ったろ?そん時に。…………ったく、今日は手加減してやったけど次バテたら許さねぇ…」
最後の言葉は理解できなかったけど、先程鏡の前で活を入れたのを思い出した。
「あっあの!!!さっきは、ほんとにごめんなさい!!僕、冷静になると何であんなことしたんだって思ってばかりで……」
「反省してるならいいじゃーん!つか今度はちゃんとハルに言えるといいね」
そう言って頭を撫でてくれた。
当たり前だけれど、ハルとは違う手で、少し違和感がある。
やっぱり僕はハルがいい。
確実にそう思えた。
今度こそはちゃんとハルの顔を見て、落ち着いて話す!!
そう心に誓い、僕はカレーを作ることにした。
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