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 カルダと別れ、遼祐は鍵を開けておいた自室の窓から忍び込む。暗い室内に入り、灯りは付けないままにベッドに横たわった。  ルアンの過去を聞き、飯喰らいの自分が恥ずかしく思えてならない。悲運ばかりを嘆き、何もかもをオメガ性のせいだと諦めていたのだ。  前に進み続けるルアンの凛々しい姿が脳裏を過ぎり、胸が激しく高鳴った。自分も一緒に旅をしたいと言ったら、ルアンは何と言うだろうか。  不思議とルアンならば、来ればいいじゃないかと言ってくれそうだなとも思えてしまう。 遼祐は未だに見慣れない部屋の天井を見つめる。  頭上に飾られた豪奢な洋燈が、沈黙するように吊り下がっていた。窓から差し込む儚い月明かりは、ぼんやりと室内を浮かび上がらせる。  身分不相応なぐらいに広々としているのに、遼祐には窮屈に思えてならなかった。  さすがに頻繁に行き過ぎたと、少し日が経ってから遼祐はルアンの元へ向かった。  すっかり桜は散り、葉桜が初夏の兆しを象徴する季節となっていた。海から吹き付ける風も、少し熱を帯びたようにも感じられる。  夕方の海岸に浮かぶ巨大な船に近づくと、「リョウスケ」と自分の名を呼ぶ声が聞こえた。  甲板から身を乗り出すようにこちらを見つめる一つの影。一旦消え去りしばらくすると、影が砂浜に降りてこちらに向かってくるのが見えた。  近づくに連れて大きくなる影は、ルアンだった。息を切らすことなく、走ってくる姿は俊敏で狼そのものだ。 「どうしたんですか? そんなに慌てて」 「どうしたもこうしたもない。すまなかった」  突然、頭を下げられ遼祐は酷くたじろいだ。 「あんなことを言ってしまったから来ずらくなったんじゃないのか? 実に大人げないことをした」  最後に会った時言われたことだと思い出すも、特に不快には思ってはいない。それどころかカルダの話もあって、自分を思ってあんなことを言ってくれたのだと内心は嬉しい気もしていた。 「気にしてませんよ」 「本当か? 日本人の所謂(いわゆる)、『社交辞令』というやつじゃないか?」  普段の精悍な顔つきが、今は不安げに沈んでいる。心なしか、ピンと張っているはずの長い髭までもが項垂れて見えた。 「本当ですよ。あんまり通い詰めると、迷惑かと思いまして」  遼祐が笑みを浮かべて答えると、ルアンはやっと安堵の表情に変わる。 「そうか。リョウスケならいつでも歓迎だ。遠慮などしなくていい」 「美味しい和菓子が食べられますからね」  冗談めかしに遼祐は言って、手に持った土産の包を差し出した。久々だということもあって、一番ルアンのお気に入りの大福だ。

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