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「光隆さん」
遼祐が背後から声を掛けると、不機嫌そうな表情の光隆が振り返った。
冷たい視線に一瞬怯むも、遼祐は口を開く。
「天堂家と貿易を結びたいと仰る方がいるのですが」
「誰だ? お前にそんな懇意の者がいるとは思えないが」
そこで訝しげな表情から一転、光隆が冷笑を浮かべる。
「成る程な。お前の外出が増えたと聞いていたが、まさか接待までしていたとはな。旦那より先に、身を差し出すとは出来た嫁だな」
「そんなことはしてません」
とんだ言いがかりに、遼祐は目を見開く。強く否定するも光隆は鼻で笑った。
「どうだかな。まぁいい。身体を差し出してまで取ってきたんだ。話ぐらい聞いてやる。来週にでも連れてこい」
「僕が……そんなことをしていると、お思いなんですか?」
どんなに否定しても、光隆は自分をふしだらだと言う。不貞行為どころか、経験すらないのにだ。
「お前らオメガが出来ることと言ったら、それぐらいしか思い浮かばないからな」
面倒だと言うばかりに、光隆はそれだけ言い残すとさっさとその場を立ち去った。
天堂家のために良かれと思って、ルアンに話を持ちかけただけだ。身体など使ってなどいない。何処まで自分を蔑めば、満足なのだろうか。
遼祐は奥歯を強く噛み締め、溢れそうになる感情を飲み込んだ。
商談当日は生憎の曇り空だった。
梅雨が近いせいか、ここ最近は空が灰色一色で塗り替えられていた。
緊張感の漂う中、遼祐は屋敷にルアンを招待した。
「此処も随分と西洋化が進んでいるな。これが所謂『ハイカラ』というやつなのか?」
さすがは商談慣れしていることもあって、ルアンは落ち着いた様子で屋敷内を見渡していた。調度品の善し悪しまで評価しては、「趣味が良いじゃないか」と声を弾ませてすらいる。
客間に案内すると、椅子に腰掛けていた光隆が立ち上がった。
「これはこれは、遠いところからご足労を」
普段見せない笑みを浮かべた光隆が、自らルアンに近づいた。
「お目にかかれて光栄です。光隆殿。リョウスケから話は伺っております」
「そうですか。うちの者がそちらにお邪魔しているようでして、ご無礼を働いておりませんか?」
「とんでもない。リョウスケはとても礼儀正しい青年です。こちらからお願いして、相手して貰っているぐらいですから」
しばらく和やかな対話が続き、立ち話も何ですからと光隆がルアンを向かいの椅子を勧めた。
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