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「聞いていたんだろ?」
沈黙を破るようにルアンが口を開く。遼祐は近づいては離れてを繰り返す波から、ルアンに視線を移した。
「リョウスケの足音が聞こえたからな。部屋の前で立ち止まったのも分かっていた」
灰色に沈む空気を反射するように、海の果てを見つめるルアンの瞳もまた、灰色に染まっていた。
「だったら僕に聞かせる為に、光隆さんをけしかけたということですか?」
「そうなるな」
「どうして……そんなことを」
聞きさえしなければ、こんなにも心は傷つかなかった。臭い物に蓋をするように、これまで通り目を瞑っていられたはずだ。
「いつまでも有耶無耶にし続けるべきではないと思ったからだ」
「本当のことが明らかになったからといって、僕は余計に惨めになるだけです」
「気づかぬふりをし続けて、リョウスケは幸せになれるのか?」
「貴方には分かりっこない」
堪えきれず遼祐は声を荒げる。どう足掻いたところで、自分はオメガで天堂家に輿入れした事実は変えようがないことだった。
「僕だって……自分がオメガじゃなかったら……主人がもっと自分を愛してくれる人だったら……そう思うときだってあります。でも――」
涙が溢れ出しそうになり、言葉を切って奥歯を噛む。
「こうして生まれてきた以上は、変えようがない宿命なんです」
「そうやって宿命や運命のせいにするのは情けないぞ」
強い口調で言われ、遼祐は言葉を詰まらせた。
「お前は以前、船乗りに憧れていたと言っていたな。世界を見て回りたいとも――だったら何故そうなろうとしないんだ? 今の生活に価値があると言えるのか?」
何も言い返すこともできず、薄い影を落とす砂上を見つめる。オメガであること以前に、自分の存在価値すら不明だった。何のために天堂家に嫁いだのか。ただ家族に厄介ばらいされただけ、とさえ思えてしまう。
「リョウスケ。俺は、お前にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」
優しげな口調で言うなり、遼祐の肩にルアンの手が乗せられる。大きな掌が肩を包み込んだ。温かな感触に、冷えた体が熱を強く感じ取る。
「俺は一月ほどで此処を去るだろう。だからその前に、リョウスケには幸せになってもらいたいのだ」
頬に優しい感触がして、遼祐は俯いていた顔を上げる。
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