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 ルアンの手が、肩から頬に移っていた。大きく温かな掌に、遼祐は自らの頬を押し付ける。長らく感じていなかった温もりに、堪えきれない涙が頬を伝う。 「……僕は幸せになれるでしょうか?」  自分の弱さがつくづく情けなかった。泣くまいと誓っていても、脆い防波堤は呆気なく崩れさってしまう。 「ああ。リョウスケが望むならな。お前ならきっと、幸せになれる」  断言するように告げられ、遼祐は頷いた。自分が幸せを噛み締める時。そこにルアンはいるのだろうか。  別れが惜しくて堪らない。でもそれを口に出すのは憚れてしまう。 「船に入ろう」  ルアンの手が頬から離れていく。変わるように冷たい風が遼祐の頬に触れた。  先を行くルアンの後ろ姿。それを追うように、遼祐は手を伸ばす。 「寒いです」  前を歩くルアンの手に触れる。自分よりも倍の大きさの手を重ねるように握った。ルアンも躊躇うように、握り返してくる。  せめてこれぐらいは許されるはずだ。  今夜もきっと、雲に隠され月は見えない。  暗い影が落とすこの砂浜は、今なら何もかもを隠してくれそうだった。    ルアンから渡された包には、抑制剤が大量に入っていた。  こんなに受け取れないと遼祐は返そうとするも、ルアンは「今までの礼だ」と言って拒否されてしまう。 「日本もそのうち、抑制剤が出回ることになる。お前の主人はどうするか分からんが、手紙を寄越せばいつだって送ることは可能だ。取り引きはいつでも行うと伝えてくれ」  交渉決裂とまではいかないものの、一筋縄ではいかなかったのだろう。 「分かりました。そう伝えておきます」  遼祐は頷く。まるで遺言のようで、心は沈んだ。 「そんな顔をするな。美人が台無しだ」 「美人なんかじゃないですよ」 「俺は社交辞令が言えるほど、器用じゃないぞ」  そう言って見つめてくる目は、憂いを帯びていた。  その意図を汲み取ろうと、遼祐は視線を重ねる。もう二度会えないのではと思うと、胸が鋭く締め付けられた。 「寂しいです」  気づけば本音が口をついて出た。 「俺もだ」 「本当ですよ」 「分かっている」  ルアンはまるで子供を宥める親のような目で、遼祐を見つめてくる。 「社交辞令じゃないですよ。本心です」 「ああ。だが、まだ別れの時ではないときではないだろう。泣くにはまだ早いな」 「泣いてません」  涙こそ流していなかったが、陰鬱な表情まで拭い切れはしなかった。 「泣きたい時は泣けばいい。言いたい事があるのなら言えばいい。行動に移さなきゃ、何も変わらないからな」  そう諭してくるルアンもまた、何か言いたげな目をしているように見えた。

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