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「器量が良いだけがお前の取り柄だ。これで見てくれすら悪かったら、俺も流石に抗議しただろう」  光隆の目に色欲が滲む。オメガの匂いにはアルファを発情させる作用がある。光隆も口では遼祐を卑下するも、本能には逆らえないようだった。  光隆は「さっさと服を脱げ」と言ったが、遼祐は直ぐには動けずにいた。  もし、自分がオメガの子を産んでしまったらーー光隆はその子を里に出すどころか、殺すかもしれない。  そう思うと、欲に流されそうになる気持ちに隙が生じた。  遼祐は扉に背をつけると、一瞬の隙をついて廊下へと飛び出した。  怒鳴り声が背後から聞こえてくるも、遼祐は振り返らずに廊下を走り続ける。裸足のままで屋敷の外に飛び出すと、門扉に続く石畳が月明かりに照らし出されていた。  使用人達が追ってくるかもしれないと、痛みだす足に鞭を打つ。  視線を屋敷に走らせると、窓に漏れ光る明かりが増えている。今頃、血眼になって遼祐を探しているのだろう。  光隆は面目を潰されたとばかりに、怒り狂っているはずだ。  門扉を押し開け、少しの隙間からすり抜けると再び足を動かした。  商店の建ち並ぶ場所に出ると、夜も深まっていたこともあり、幸いにも静まり返っていた。匂いを嗅ぎつけられたら、危険な目に遭わないとは言い切れない。  心臓が割れんばかりに鼓動を打ち、遼祐は耐えきれずに石橋の上で膝をつく。  荒い息を繰り返し、足の痛みを和らげようと手で摩る。ぬるっとした感触に手を月明かりに照らすと、血がついていた。  痛みと熱に身体は既に、悲鳴を上げていた。それでも此処にいつまでも居て、誰かに見つかりでもしたら悲惨なことになる。  橋の欄干を掴み、遼祐は身体を支え立ち上がる。  一歩踏み出す度に、激痛が走った。痛みに視界が歪む。自分は一体何処に向かい、どうした ら良いのか分からなかった。  港に着くと砂浜を打つ波音が聞こえ、月明かりが水面に反射していた。限界に近い身体をざらつく砂に委ねる。  波音だけが静かに耳を打つ。幼い頃からこの音が好きだった。父と共に来た海――兄と遊んだ海。あの頃は母もまだ笑っていた。  オメガだと分かるまでの、数少ない幸せな宝石(きおく)だった。 「リョウスケ!」  突然大きな陰が覆い被さり、遼祐は顔をゆっくりと上げる。

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