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 朝になって太陽が歌舞伎町を照らすと、今度は昼間の観光地としての「健全な」姿が見えてくる。そして夜の蝶たちは住処へと戻り羽を休めるのであった。 「まぶしい…」  やっと目が覚めた澪の右手にはプルタブが上がった缶コーヒーがあった。適当なビルの壁に背をもたれて苦いコーヒーを口に含んだ。それだけなのに胃が重くなる。今日も快晴なのだと空が教えてくれる。それがすごく、鬱陶しい。 「澪?」  聞き慣れた声で呼ばれた澪はゆらりとその方を見る。着崩したジャケットとブランド物のジーンズ、シャツをまとってだるそうに笑う翔眞だった。彼もまた羽をおろした夜の蝶。 「こんなとこで何してんの?」 「見てわかんない? コーヒー飲んでる」  澪の顔色は明らかに優れていない。翔眞はそれがわかると澪の隣に立って澪の弱くて細い身体を抱き寄せた。まだ朝の気温は低いのに、澪の体温は熱を持っていた。 「ねぇ…なんで志島の言いなりになってんの? もうこんなことやめなよ」 「………別に、俺は(たの)しいけど」 「嘘、だってこんなに痩せてなかった。なぁ澪…やめてくれよ…」 「翔眞」  澪の腕は細いが力は強い。翔眞を振り払うことは容易かった。 「他人(ひと)の性癖とか嗜好に口出しすんな」 「…澪」 「これは、俺と志島の合意でやってることだから、じゃあな」  澪は三口しか飲まなかった缶コーヒーを翔眞に押し付けると、その場を離れてあっという間に翔眞の視界から消えた。残された翔眞は澪の残していった苦味を口に含んで「苦い」と呟いた。 「正義さん…アンタがいたら、澪はどうなってたかな………アンタいなくなってから笑わなくなっちまったよ」  朝陽が晴らす空に向けて震える声で翔眞はどうしようもない気持ちを訴える。届くはずもない悔しさが、翔眞の涙となって流れた。

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